2012年 06月 24日
森の小道を並んで歩きながら、彼は問わず語りに話しはじめる。 「7月になって学校が休みになると、わしらは毎日森へ来て遊んだ。 この辺は冬が長いからな。 夏の森は、天国のようだった。 この時とばかり、虫たちや、鳥や、たくさんの生き物が、そこかしこで蠢いていた。 泉の近くを通る時は、蚊や、虻や、蜂なんかがまとわりついてきてな、 上のほうからは、クマゲラの鳴き声や、木をつつく音がひっきりなしに聞こえてきた。 下草の茂みの中からは野ウサギが顔を出したりした。 森の木の葉ごしに見える陽の光は、いつもきらきらきらきら輝いていたんだ」 どこか遠くの方を見ていたその目が、傾きかけた太陽のほうを見上げる。 「そうだ、こんなふうに」 葉の影が、皺に刻まれた彼の顔の上でゆれる。 「あるとき森で飴玉を拾ったんだ。 褐色の透明で、それはきれいだった。 泉で洗って舐めてみたが甘くない。 そりゃぁそう、甘くないはずだ。 それはコハクだったんだ。 何万年か前の松脂が固まったもんだった。 先生が教えてくれたよ。 それからしばらく、 わしは森を歩きながら、どこかにコハクが落ちていないか探したものだ」 彼はふと立ち止まり、小道の脇にベンチ代りに置いてあった丸太に腰を下ろしながら続ける。 「何年かして、森の中の大きな石を腕試しにひっくり返したとき、その下にコハクがあったんだ。 掌で包みきれないくらいの大きなやつだ。 わしはそれを手にとって、シャツの袖できれいにふきあげて、 明るい方を透かしてみたんだ。 コハクの中に、なにかが入っていた。 蜂だったよ。 それも、二匹だ。 生きているそのまんまの形で、重なり合って、入ってたんだ。 交尾してるのかと思ったよ。 何万年か前の蜂が、交尾しながら松脂の中に落っこちたのか。 どうだかな」 「その二匹の蜂のことははっきり覚えているから、ずいぶん長くながめてたのかもしれないが、よくわからないな。 そうだ、土を掘ってまた埋めちまったんだ。 そしてそれっきりだった」 陽はもうすっかり傾いて、森の木々は黄金色に染まりはじめている。
by kobo-tan
| 2012-06-24 02:02
| ものがたり
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