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つくりものがたり

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2013年 07月 24日

崖っぷちの感覚


崖っぷちの感覚_d0169209_1240474.jpg




昨日の朝日にノンフィクション作家の星野博美さんが書いてた記事が面白かった。


こんな記事。





暑さは克服できないんだから 恐ろしさ知り、だらだらと



 暑い。近所の人とすれ違えば「暑いですね」と挨拶(あいさつ)し、人にメールを送る時も「猛暑の折」とつい打ってしまう。そのたびに頭がいっそう暑さに支配される。

 私が住む戸越銀座の喫茶店やファストフード店は、蒸し暑い自宅から避難してきたお年寄りで満杯だ。

「この間、応援演説で首相を見かけたよ」

「首相って誰だっけ?」

「あれだよ、あれ。アベノミクスの」

「アベシンノスケだ」

「そりゃあジャイアンツのあれだろ。あれだよ、アベ、アベ……」

「アベシンタロウ」

「そうそう、アベシンタロウ」

 お年寄りたちの会話も、暑さのためかピンボケになっている。僭越(せんえつ)ながら会話に割り入って正しい情報を伝えようかと一瞬思う。しかし暑くて、そんな気力もない。

 私は中国返還前後の2年間、香港で暮らしたことがある。亜熱帯性気候に属し、東京より人口密度が高く、室外機から水が雨のように落ちてくる大都会、香港の夏は、東京のそれより厳しかった。近所のおじいさんは本物のパンツ一丁で歩いていたし、労働者の兄さんたちはランニングシャツを乳首までまくり上げ、腹と入れ墨丸出しでバスや地下鉄に乗っていた。魚屋や肉屋の男たちは、老いも若きも、痩せていようが肥えていようが、上半身裸で魚や肉と格闘する。屋台が路上にたれ流す食べ残しや汚水は、強烈な日差しにさらされてたちまち腐臭を放ち始める。香港の夏といって思い出すのは、路地に漂う異臭と、男たちの肌にびっしり浮かぶ汗の玉なのだ。

 夏にバカンスを楽しめるのは限られた人たちだけで、大部分の人は暑さから逃れることができない。唯一できるのは、受け入れ、恐れ、順応することだ。それが香港では、汗や外見のだらしなさを恥じないことや、炎天下では極力行動せず、明け方や夕暮れ以降に街へ繰り出し、だらだらどろどろ、たいがいに過ごすことだった。

 暑さを甘く見れば、たちまち反撃されて痛めつけられる。その恐ろしさを体に叩(たた)きこまれた。

 私は香港で暑さをのりきる術(すべ)を習得したが、ここ数年、東京の夏を辛(つら)く感じ始めている。辛いのは暑さより、暑さを克服しようとする文化なのだと思う。

 腐臭のしない路地。清潔な衣服を身にまとい、酷暑の中でいつも通り勤勉に働く人々。ドラッグストアの店頭でおどる制汗、即感クール、デオドラント、涼感、崩れにくい、皮脂吸収、の文字。虫来るな、汗出るな、臭うな、日に焼けるな、化粧は崩れるな、といった「夏は拒否!」のメッセージ。その一方では熱中症になる人があとを絶たない。

 暑さは克服できない。抵抗しようとすればするほど牙を剥(む)く。私たちはそろそろ、夏の恐ろしさを体で学ぶ時期に来ているのかもしれない。汗をかいたって臭ったって、少しぐらい怠けたっていいじゃないか。ピンボケになってもかまわない。たいがいな人が巷(ちまた)に増えたら、今年の酷暑をもう少し楽に過ごせそうな気がするのだ。

 

    ◇



なんとも小気味良い文章。
このひとの本まだ読んだことないけど、そういえばかなり前にうちの山の神が、これめっちゃ面白いと言いながら写真の本「転がる香港に苔は生えない」を読んでたことを思い出した。


新聞って、新聞社にいっぱい新聞記者がいて、論説委員もいて文章書ける人いっぱいいるのに、こういう、外部の人の投稿記事がたくさん載ってる。それはもちろん原稿料払って載せてるわけで、こっちは高い購読料払ってんだからがんばって自前で記事書いて少しは購読料安くしろよと言いたいとこだけど、でもちょっとまてよ、社員記者の書いた記事で埋め尽くされた新聞なんてはっきり言って読みたくないよなと思いなおす。そんなもん、はっきり言って面白くないのだ。


40歳で1250万円ももらってる社員記者に星野さんみたいな文章が書けるわけがないのだ。
なんていうのかな、崖っぷちにいる感覚を持ってる人でないとこんな文章は書けないのだ。星野さんの文章は、行間のすべてから、明日なんてどうなるかわかったもんじゃないよ、っていうささやきが聞こえてくるようではないか。
正社員でともかく高給を保証され、会社の都合で安易にクビにすることはできなくて、定年まで勤めあげれば高い年金で死ぬまで安心、となれば、とりあえずへまやってクビにならないように無難にやっとくかって気にたいがいの人間はなるに違いなく、そういう精神状態でおもしろい文章なんて書けるわけがないのである。昔は朝日にも本田勝一みたいなひとがいたけど今はそんな傑物はいそうにない。


アジアに長く住んで腹の底からアジアってものをわかってる星野さんは、東京が住み辛そうだ。われはれはどうがんばってもヨーロッパにはなれないのに、うわべだけ何とかとりすましてヨーロッパに近づこうとする。わたしたちは中国や韓国みたいなアジアじゃないのよなんてどっかで思いたいのかもしれない。でもそれってやっぱり、無理してることに違いない。そんなにすましたって、ここはやっぱり蒸し暑いアジアなのだ。ねえ、わたしたちって、なに様なのよ、って言いたくもなる。「自分」ってものをよくわかってない人間たちなんだ僕らは、っていう自己認識くらいは、冷静に持っていたいよねえ。

by kobo-tan | 2013-07-24 13:41 | つぶやき


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