2013年 10月 15日
2年ほど前から読もうと思っていた本を読み終えた。 現代ロシアの作家、リュドミラ・ウリツカヤが06年に発表し、09年に慎重クレストブックスから翻訳が出た「通訳ダニエル・シュタイン」 上・下。 裏表紙の惹句にはこうある。 ユダヤ人であることを隠してゲシュタポでナチスの通訳を務め、ゲットーのユダヤ人を脱出させたダニエル・シュタインは、逃亡中に寄寓した女子修道院でカトリックの洗礼を受ける。神父となってイスラエルへ渡り、宗派を超えた宗教を目指して教会をつくったが、ユダヤ人からカトリック側からそしてイスラエルからの彼への風当たりは厳しかった……すべての人に惜しみない愛情を注ぎ、弱者のために駆け回り、命をかけて寛容と共存の理想のために闘った一生。 上・下巻合わせて700ページに及ぶ長い物語の中心には、そのダニエルシュタインの一生がある。要約すれば上のようになるのだが、これ以上の要約は不可能。なぜかというと、この本に登場する数多くの人物それぞれに、それぞれの物語があり、それがいつかどこかで絡み合ってくるのだ。 作者リュドミラ・ウリツカヤは「この本は小説ではない、コラージュだ」と言っている。 主人公ダニエル・シュタインには実在のモデルがいる。そして物語の主要な部分はほぼ実話に沿っている。 実在の「ダニエル」の名は、オスヴァルト・ルフェイセンといい、1993年に氏がモスクワ経由でベラルーシに行く途中、ウリツカヤが家に招いて一日を過ごしたことがあり、それは忘れられない一日になったらしい。彼女はその日から13年をかけてこの本を書きあげた。 「ダニエル」の一生を書くにあたり、彼女は膨大な資料を漁り、行く必要のある場所へ行って数多くの人に会い、イスラエルを歩き回った。 彼女はインタビューに答えてこう語っている。 「さまざまな内面的な事情にうながされてこの小説を書くことになりました。それは私の人生でもっともつらい仕事でした。私自身がこの小説を通して変身したと断言できます」 彼女がこの物語を書くにあたって採用した方法が「コラージュ」だった。 写真は、下巻の目次の一部。 こんなふうに、その時その場所での、多くの登場人物の手紙や日記や独白、さらに新聞記事や、掲示板の文句などの集積で、人物ごとの、家族ごとの多くの物語が綴られる。その中に、多くは事実をもとにしているけれども、作者のつくり出した人物、考え出したエピソードが描かれてゆく。そしてそれらの人物と彼らの物語が、どこかで、どの時代かに、ダニエルと、あるいはほかのだれかと交錯するのだ。 だから読む者それぞれに印象に残る人物が違ってくるだろうし、すくい上げる物語も無数にあるだろう。 テーマは、宗教でもあり、人種でもあり、人間の寛容さでもあり、暴力でもあり、罪でもあり、愛でもある。 うーん… 要約はこれ以上不可能だから、あとは以上書いてきたことに興味を感じて実際に読んでもらうしかない。 読んで味わってもらうしかない。 世界はこんなに多様だということがわかり、簡単に判断したり解釈したりできない重いものが残るだろう。 僕はこの春に、これを読むための準備として、 「私家版・ユダヤ文化論」 / 内田樹 (文春新書) 「ユダヤ人」 / 上田和夫 (講談社現代新書) 「ホロコースト」 / 芝健介 (中公新書) をそれぞれ読んだ。とくに「ホロコースト」は、ダニエルの第二次大戦中の回想に大いに現実味を感じさせてくれた。 第二次大戦中に殺されたユダヤ人は600万人と言われている。アウシュビッツに代表される絶滅収容所はよく知られているが、収容所で殺害されたのは400万、200万人はほかの手段、主にソ連侵攻後にナチス親衛隊の行動部隊によって現地で射殺されている。数百、数千ではない。万単位の人間をどうやったら射殺できるのか。現地住民にまず巨大な穴を掘らせ、集めたユダヤのひとたちをその縁に並ばせてそれはものすごいスピードでうむを言わせず遂行されたという。狂気の日常としか言いようがない。
by kobo-tan
| 2013-10-15 23:13
| 本
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