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カテゴリ:つぶやき( 66 )


2017年 08月 15日

大竹伸朗という生き方


美術の方には疎くて、このひとの展覧会にも行ったことなくて、
恐ろしく膨大な作品群とも対面したことがないんだけど、
youtubeにある動画から、まずこのひとの人間性に触れて大好きになった。
自分の思いをとことんまで信じて、自分と心中してやるぞ、くらいの覚悟で、
毎日を生きてゆく。
いい。
すごくいい。



4年前にも大竹伸朗さんの記事書いていて、
なんか同じようなこと書いてんだけど。



大竹さんを見てるとなんか自由になった気がして、
人生楽しくなってくる。




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by kobo-tan | 2017-08-15 13:32 | つぶやき | Comments(0)
2016年 04月 23日

袴田君の工房 "WALDEN"




昨日は、東京千代田区にある森タワーレジデンスへ大きなチークの建具を納品に行った帰りに、
八王子にある家具屋仲間の袴田大介君の工房 "WALDEN"に寄ってきました。

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去年5月に工房を移転して、ショールームも併設したということなのですが、来てみてその広さにびっくり。


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自作の建具に、オーク材のフローリング、天井のレッドシダーの羽目板など、大工さんと協力して、
内装もかなりこだわって、がんばって作ってありました。

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チェリー材の収納や、

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ウォ―ルナットの収納。

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細部の工夫も見て楽しい。

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オークのテーブル

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ウォ―ルナットやチェリーのテーブル

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オークやウォ―ルナットのソファーもあり、

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黒の鉄脚にも工夫があって、すっきりしたデザイン。

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独立して6年目でまだまだ若い袴田君ですが、よくここまで頑張ったなあと感心してしまった。

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作業スペースも広々としています。

WALDEN のホームページはここです。
友人に頼んで作ってもらったとのことですが、とても美しいホームページで、これまで作った家具も、
すっきりとまとめられていて、袴田君の家具の多彩さがよくわかります。

家具好きの方、どうぞここへ訪問されますように。
いろいろな家具に見入ってしまって時間を忘れること請け合いです。

これからもお互い頑張ろうねということで工房を辞して、愛車キャラバンに乗り込み、
1時間後にはもう茅ヶ崎の我が工房に着いておりました。
そうなんです。圏央道が開通したおかげで、すぐ近くの「寒川南」の出入口を利用すれば、
八王子JCTまで30分で行けるようになったのです。
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by kobo-tan | 2016-04-23 15:03 | つぶやき | Comments(0)
2015年 02月 27日

ビストロジェファンはこちらです。





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ビストロジェファンを閲覧する方が多いので、詳しい情報を載せるつもりでしたが、設計士さん、忙しくてなかなか送ってくれないので、
ネットで見つけた、お店のカードの写真を、こちらにお借りしたいと思います。写真を撮られた方のブログではコメントできなかったので、こちらでお断りさせてください。
その方も、料理もデザートもおいしいと褒めておられたので、お店の応援情報掲載、許していただけるかなと思います。
京急久里浜駅前の細い路地を入ってすぐです。


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by kobo-tan | 2015-02-27 10:16 | つぶやき | Comments(1)
2015年 02月 25日

高島野十郎の月




高島 野十郎(1890年〈明治23年〉8月6日 - 1975年〈昭和50年〉9月17日)は、生涯独身を通し、画壇とも関わらず、隠者のような人生を送った。

「もの」そのものに向き合い続けた画家。


彼の遺稿ノートにある言葉。

「生まれたときから散々に染め込まれた思想や習慣を洗ひ落とせば落とす程写実は深くなる。写実の遂及とは何もかも洗ひ落として生まれる前の裸になる事、その事である」


「蝋燭」と同様に、多く残した「月」の絵。それについての言葉。

月ではなく、闇を描きたかった。
闇を描くために月を描いた。
月は闇を覗くために空けた穴だ。



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高島野十郎「満月」
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by kobo-tan | 2015-02-25 13:27 | つぶやき | Comments(0)
2015年 02月 24日

高島野十郎の火






深津千鶴さんへの返信



深津さん、なんか自分の思いつきばかり書き送ってて深津さんをむしろ混乱させているんじゃないかと、そうでなければいいけどと思うんですけど、また少しこないだから思ってたことがあったので書いちゃいます。

ぼくの旧い友人に舞踏家の秀島実というひとがいて、彼と昔々絵の展示会かなんかに行ったときに彼が「風景画を描くやつの気が知れない」と言ったことがあるんですね。彼の真意は、抽象画というか、風景や人物を描いても、作者の、作者なりの「見かた」が入った、作者の感性と世界観によってデフォルメされた絵でないと意味がない、というようなことだったんだろうとぼくは理解したんですが、秀島さんも若い時だったんで、いまは違う感想を持ってるとは思うんですけど、なんか、ピカソ以降、写真でも撮れるような絵は意味がないみたいな風潮がたしかにあるような気もするのね。

でも、前田英樹さんの本の「在るものを愛すること」を読んでから、そういう見方は浅薄だったなと思うようになった。
たとえば、僕は絵のことはまったく素人ですけど、むかし高島野十郎という画家の展覧会にいったことがあって、彼は変わった画家で、自分の好む題材ばかり書くんですよ。たとえば、燃えている一本の「ろうそく」とか、夜の暗闇に浮かぶただの「月」とか。「ろうそく」のシリーズなんて、ほとんど構図も色合いも似たようなのがたくさんあるのね。深津さんにも、連作ありますけど、高島のは、ああ、いろいろと違うアプローチで描いてみたかったんだなぁ、という感想を持たされるより、このひと、なんでこればっかり描くんだろう、と、どうしても思ってしまうような描き方なんです。で、そう思うんだけど、次から次にそのたくさんのろうそくの絵を見ていくと、似たような絵なんだけど、もちろんまったく同じものはひとつとしてなくて、なんか異様な迫力として迫ってくるんです。するとね、やっぱりいろいろと考えてしまう。このろうそくの火は何なのだろう、画家はこの火の中に何を見たんだろう、同じような火をなぜ彼は描き続けなければならなかったんだろう…ろうそくの火自体はなんの変哲もなく、「すぐわかる」ものだけど、これらの疑問は「わからない」ものとしてずっと自分の中に残ります。そしてそのわからなさを「味わう」ような… アートの力ってそういうところにあるのかといまは思ったりしてます。




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by kobo-tan | 2015-02-24 15:02 | つぶやき | Comments(0)
2015年 02月 11日

在るものを愛すること




Facebookに投稿したものを転載します。


小津安二郎の昭和28年の映画「東京物語」に、なぜこうも国も人種も異なる世界中の人たちがいまもなお感銘を受け続けるのかということをよく考える。東京でパーマ屋を営んでいる杉村晴子の長女、同じく東京で町医者をやっている長男の山村聰、大阪で駅員をやっている三男の大坂志郎もそうだが、かれらはけして広島尾道からはるばる寝台列車にゆられてやってきた老父と老母を邪険にしようなどとは思ってなくて、彼らなりに歓待しているつもりなんだけど、彼らには彼らの仕事と生活があり、「忙しい、忙しい」が口癖で、自分のことでいつもいっぱいいっぱいだ。ここでの、舞台の大女優杉村晴子はいつにもまして自然でリアルで生き生きとしている。健全な生活者として彼らは、今後自分たちの生活と人生に大きく関与することはなくなった過去の存在である田舎の老父と老母に、パーマ屋の寄り合いや、急な患者の診察より優先する意味を見出す心を自然に失ったのである。小津はそんな彼らをまったく批判的にも滑稽にも描いていなくて、「われわれ凡人はいいとここんなもんだよなあ」と、むしろ共感を持って描いている。そして、まさにそれだからこそ、戦争に行ったまま帰ってこない(戦争が終わってもう8年もたっている)次男の嫁である原節子の優しさが輝くのだ。実の子供ではなく血もつながっていない彼女の、義理の老父母に寄せる愛情が、われわれ自身の切実な願いともなって立ち現われてくるのである。





「都会で人並みの生活を送っていくことはまったく忙しい。ここで倫理的であるとは、まずはこの忙しさに抵抗することなのである。私たちはそのことになかなか気付かない。忙しいから、人のことどころではない言う。倫理的たろうとするのは、暇なやつだけに可能な贅沢だと思う。原節子が演じる紀子は、暇な人間では全然ない。彼女は、老夫婦の戦死した次男の嫁であるが、義父母に対して、この上なくやさしく接する。忙しい会社を休んで、義父母を東京見物に連れていく。一部屋だけの自分のアパートで彼らを心からもてなし、乏しい収入から義母に小遣いまであげる。たいそう恥ずかしそうに。この慎ましい物語のなかで、紀子の振る舞いは譬えようもなく偉大に、崇高に見える。
 私たちは、彼女を真似できないだろう。けれども、彼女を真似たいという欲求が私たちに実際に起こらなかったら、『東京物語』はつまらない映画である。絵空事の善人が登場する馬鹿げたテレビドラマは、、私たちに何ら模倣への欲求を掻き立てない。ではなぜ、私たちは紀子を真似たくなるのだろう。紀子のような人間は、ある意味では現実に存在しない。けれども、彼女は少なくとも誠実な生活を求めて生きるあらゆる人間のなかにいる。日々忙しがって生きている老夫婦の子供たちが、まさに私たち自身の姿であるように、紀子もまたよく生きようとする私たちの心の奥にすでに棲んでいる人間だと言える。
 よく生きるとは、どうすることか。私たちはそれをうまく言えない。が、すでにそれを知っていなければ、誰もよく生きようとは思わないのだ。私たちは生活のために忙しく、慌ただしく、あくせくと生きる。いろいろなことに不平を言い、自分を他人と見比べて不運を呪う。紀子もまた忙しく暮らしているが、彼女はけして自分が忙しいとは言わない。あんたも忙しかろうにと、義母から言われると、微笑して静かに否定する。彼女は忙しさに抵抗して生きるが故に、義父母を東京見物に連れていくことができる。しかしこの抵抗は、宇宙を動かす「必然性」への抵抗ではない。逆である。彼女こそ、アランが言っていたあの「必然性」が何であるかを知っている。それに目を開き、ただもうご覧の通りと微笑している。
 「忙しい」と言うことは、所詮身勝手な愚痴にすぎない。紀子にとって、義父母がいること、彼らが上京してくることは、自然の「必然性」の領域に属する。だからこそ、紀子は義父母を愛するのである。「在るものを愛すること」が、彼女にはできる。日々の暮らしのなかで、よく生きるとは何よりもこれだということを『東京物語』は教えている。それは、つべこべと説教することによってではない。この映画のキャメラ自身が、「在るものを愛する」独特のやり方を持つことによってである。たとえば、スリッパのショットはそこから生まれる。並んだスリッパのように横たわる老夫婦のショットが生まれる。紀子は、この映画のキャメラが彼らを愛するやり方で、彼らを愛することのできるただ一人の人間にほかならない。
 だから、紀子の偉大さは、『東京物語』の偉大さとぴったりと一致して切り離すことができない。小津はそういう稀有の人物を、希有の映画と共に創造した。
 お忙しいですか、ときかれて、いいえ少しも、といつも微笑して応えられる人間でいることは素晴らしい。やってみればわかるが、これは簡単なことではない。こういう人間だけが、生活のざわめきの真下で、在るものを愛しているのである。」

……前田英樹著「倫理という力」(講談社現代新書) 第六章 在るものを愛すること  より





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by kobo-tan | 2015-02-11 21:14 | つぶやき | Comments(0)
2015年 01月 28日

無題








森麻季の日本の歌のCDの最後に「たんぽぽの歌」という曲が入っていて、このところ、工場でそのCDをよく
かけていたものだから、車を運転してるときなどにそのメロディーがふと頭に浮かんだりした。
フォスターの「金髪のジェニー」という曲で、それに新たに小山薫堂が歌詞をつけたのが「たんぽぽの歌」。
伴奏のピアノも上の「ジェニーへのオマージュ」を弾いている盲目のピアニスト、辻井伸行が弾いている。
間奏部分のアルペジオのなんと美しいことか。


家具の大作が仕上がったら写真を載せるだけでブログが書けるのだけど、イマイさんの大作はまだもう少し
かかり、途中に急ぎの仕事をいくつか細切れにやったけどわざわざお見せするほどのものでもなく、年末から
今年にかけて何冊か読んだ本のことなど書こうとも思ったけれど書き始めるとまた長くなりそうで、とりあえず
昨日の夜NHKの「クローズアップ現代」で放送された「いまを生きる言葉~詩人 吉野弘の世界」についてFB
に書いたことをこちらにも転載します。


クローズアップ現代「いまを生きる言葉~詩人 吉野弘の世界」


昨年亡くなられた吉野弘さんの詩が静かなブームなのだそうだ。
マスコミはすぐ「ブーム」と言いたがるけれど、吉野さんの詩はたぶん何十年も前からずーっと同じように、心ある人たちに読まれ続けてきたはずだ。
ご自分の言葉がきちんと「伝わる」ことにだれよりも心を砕いておられた詩人だから。
山田太一さんのことば、「電車で席を譲る少女の悩み、悲しさ、それもちゃんと詩になさっていて、自分も生活者なのだと、それをわすれて美に走ってはいけない、観念に走ってはいけない、というふうに思ってらっしゃったんではないか」

この度ご遺族が見つけられた吉野さんの若き日の「決意」
「他人の行為を軽々しく批判せぬことです。
自分の好悪の感情で、人を批判せぬことです。
善悪のいずれか一方に、その人を押しこめないことです。」

この最後の一行がぼくには心に沁みる。
みんながこのことを忘れないで生きていけたらどんなに…



読んだ本のこと、それについて考えたこと、また、吉野さんの詩のもっと細かいことについても書きたいとも思
うのですが、仕事のこと、経済のことに気が急き後ろ髪を引かれなかなか腰を落ち着けて書くということができ
ません。これから年度末でどんどん忙しくなりますし、またそうなってくれないと困るし、確定申告と納税もある。
イマイさんの大作が仕上がったら写真また載せます。
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by kobo-tan | 2015-01-28 14:42 | つぶやき | Comments(0)
2014年 09月 06日

着々進行中




kitchen着々進行中。9月10月ホントにお金ないのでもう死ぬ気でやりますよ~。


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by kobo-tan | 2014-09-06 11:31 | つぶやき | Comments(0)
2014年 08月 10日

お客様からのメッセージ



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ブログ掲載をお知らせしたところ、スピーカーをお使いくださっているNさんから、うれしいメールをいただきました。
Nさんに了承を得ましたので、そのメッセージの全文を掲載させていただきます。
スピーカーというのはぼくらにとっては特殊なつくりもので、きれいにできたとしても、
実際にお客様に音を確認していただくまでは、うまくいったかどうかわかりません。
こんなメールをいただくと、ほんとうに、ほっと肩の荷が下ります。ありがたいことです。


川上さま

おはようございます。

セットしましたフロントホーンですが、すばらしい音で鳴っています。

音というより、風と言ったほうが正しい気がします。

元々、別の箱を上に載せて、ダブルでウーファーを鳴らしていましたので、箱のみの交換ですので、セットには苦労しませんでした。

一番の変化は、ウーファーの音の抜けが良くなり、中音、高音がよく聞こえるようになった事です。

やっと、低音、中音、高音のスピードや、音圧バランスがとれて、まるでフルレンジ1発で鳴らしているように聞こえます。

見た目も綺麗な箱ですが、出てくる音も、清流のように透明感があります。

1発で鳴らすよりも、上下、2発で鳴らしたほうが、低音が聞こえなくなり、中音、高音が聞こえるようになるのが不思議です。

フロントホーンですので、私のように、後面と側面にピッタリくっつけても、音がこもりません。

箱の幅もそれほど大きくないので、セットしやすいと思います。部屋は10畳もあれば十分だと思います。

狭い日本の住宅事情で、抜けの良い低音をならすのに、これ以上の箱はないかもしれません。

製作するのは大変でしょうが、もっと広まるべきではないでしょうか。

S. N.

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by kobo-tan | 2014-08-10 14:25 | つぶやき | Comments(0)
2014年 05月 01日

ぼくの生き方




こんなこと、Facebookに書きました。


最近つくづく感じます。

「持つべきものは、友だ!」

僕のやり方はこういうことだったんだとわかった。
1.友だちになれそうにない人の仕事はやらない。
2.友だちになれそうにない人には仕事を頼まない。
こうすると、いつも仲間と仕事ができる。
仲間は、いつでも無条件に信頼する。
そうすると、最後には必ず、仲間が助けてくれる。

なんてずるいんだ!

でもこれは、自分で看板掲げてやっているフリーランサーだからできること。
将来の保証はなにもありません。でも、贅沢なことです。
どういう人が、友だちになれそうだとわかるのかって?
それは直観です。
けっこうこれって、僕の生き方の核かもしれません。

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by kobo-tan | 2014-05-01 11:17 | つぶやき | Comments(0)