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カテゴリ:映画・ドラマ( 10 )


2015年 03月 02日

「幕が上がる」



映画「幕が上がる」、2/28より公開中。
YTにあるこの動画、もう何度も見てるけど、見るたびに涙出そうになる。



最後のジョバンニの独白

……
カンパネルラ!
ぼくは、きょうの、学校での最後の時間、
ほんとうはねむっていませんでした。
いや、ねむっていたのだけど、
きみの声に、起こされた。
きみはぼくをかばってくれたけど、
でもきみは、きみとぼくはひとつではないと言った。
ぼくはとても悲しかった。
悲しかったけど、ほんとうにそうだと思った。
どこまでも、
どこまでもいっしょに行きたかった。
でもいっしょに行けないことは、
ぼくも知っていたよ。


カンパネルラ。
ぼくにはまだ、ほんとうの幸せがなにかわからない。
宇宙はどんどん広がっていく。
だから、
人間はいつもひとりだ。
つながっていても、
いつもひとりだ。
人間は、生まれたときから、
いつもひとりだ。
でも、ひとりでも、
宇宙から見れば、みんないっしょだ。
みんないっしょで、みんな、ひとりだ。


(後ろのほうに立っているカンパネルラに気づく)
カンパネルラ!
(カンパネルラがクルミを叩く、カチカチ)
クルミだ。
(ジョバンニ、ポケットからクルミを出す。クルミを見て)
このクルミは、
たしかにぼくの手の中にある。
(カンパネルラに)ぼくもずっと持ってるからね!(カチカチ)
(カンパネルラ応える、カチカチ)

カンパネルラ!
また、
いつか、
どこかで!

(ふたり、手を振り合う。振り合ううちに、幕)








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by kobo-tan | 2015-03-02 17:59 | 映画・ドラマ | Comments(0)
2013年 08月 06日

役を生きること




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仕事を仕舞ってから少しずつネットで見ていた2年前のドラマ「それでも、生きてゆく」を、昨日見終わった。


重い主題。
一線を二度まで踏み越えてしまう青年の引き起こす嵐に翻弄され続ける二つの家族と、
加害者の妹と被害者の兄の間に生れてゆく心の絆を描く。

テレビでこんなにも集中させられてしまうドラマはそうあるものではない。
ひとつのシーンをじっくりと時間をかけてつくり上げてゆく脚本・演出も立派だけれど、
これはもう役者のドラマというよりほかはない。

大竹しのぶは貫録、瑛太は善戦、ほかの役者もみな集中度高く素晴らしいけれど、
ぼくはただひたすら満島ひかりが見たかった。


そんなやつはいないよ、という見方がある。
また、こういう人間もいるかもしれない、という見方がある。
どちらの見方をするかは見る方の性格や気分にかかっているともいえるが、
どちらの見方が世界をより豊かにし、広げてくれるか。
フィクションであるドラマは、どれだけ多くの人に、こういう人間もいるかもしれないと思わせることができるか、
そこにその成否がかかっていると言える。

少し大げさに言うと、満島ひかりは、演じるというより、役を生きようとしている。
そうすることで、遠山双葉という人物をこの世界に生れさせようとしている。
そういう気迫を感じる。
それだから、こちらに批評する暇を与えない。 何も考える余裕もなく見続けてしまうのだ。


最終話。
遠山双葉は、深見洋貴とともに暮らしていくことができないわけをこんなふうに言った。


なんであなたが背負うんですか? あなたが、引き受ける理由、ないでしょ?

……あります。    へんな、理由でもいいですか?   あ、でも、 ほんとうの気持ちの理由です。

……なに?

まじめに生きたいんです。   まじめな人でいたいんです。    甘えたくないんです。

そんなの理由になんないです。

わたしにはなるんです。



こんなふうに言って、そういう未来を選んでしまう人間は確かにいる。げんに遠山双葉がここにいるから。
満島ひかりは役を生きる。わたしが、生きているのだから、双葉はいる。 その気迫は半端な批評を許さない。



最終話はここです。 第一話からすべて見ることができます。
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by kobo-tan | 2013-08-06 19:45 | 映画・ドラマ | Comments(0)
2013年 07月 23日

満島ひかり 役者魂





人間ひとりひとり 自分の中の葛藤があって、
いろいろ生きてる姿があって、
なんかそういうものを映し鏡のようにできる
役者であればいいなあと・・・・






世界中の 街中にあふれてる いろんな人の 届かない気持ちを
がむしゃらに届けられる役者でありたいなと 思っております。
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by kobo-tan | 2013-07-23 19:11 | 映画・ドラマ | Comments(0)
2013年 07月 19日

それでも、生きてゆく

ちょっと、かなりビミョーなテーブルをやっていて、
なかなかうまい具合にはかどりません。


暑いし…


それでも、生きてゆく






このドラマはまったく見ていないのですが、
満島ひかり、って、なんかいいんです。
なんかいつも懸命で、
なんかいつも思いつめてて、

ちょっと昔のいしだあゆみに似てるかなと思ったりするけど、
演技の幅は彼女のほうがずっと広い。

小田さんの東京の空という曲もいいけど、
満島ひかりを見てると何度見ても飽きない。
すごい集中力で、それだけのものを発散してるということです。
沈んだ表情も怒った表情も、
媚びた表情も放心した表情も、
戸惑った表情もすべて生きてる。

そして、それでも、生きてゆく。


このひとは、女優としてずっとやっていける。
これだけの演技をしていれば、作品にも恵まれるはず。
演じることが、彼女のアイデンティティーであればこそ、
だれのためでもなく演じ続けるのだろう。





おまけ



セリフつき。 筋は全然知らないけど、シーンだけで生きてるから知らなくても感動する。
シーンそのものが物語、というところがすごい。(実生活で、もしこんな場面にたまたま遭遇したら前後わからなくても感動するもの。)
フルサイズにして見てくださいね。



7/20追記
このひとやっぱり、目力(めぢから)がすごい。
いつも、目がものを言ってる。
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by kobo-tan | 2013-07-19 21:51 | 映画・ドラマ | Comments(0)
2013年 07月 09日

ちゃんと伝える




「ちゃんと伝える」 1時間48分。 ちょっと長いですけど、とてもいい映画です。
園子音監督ですが、性も暴力も血も出てきません。こんな映画も撮れるんだ、とちょっとおどろき。

エンドタイトルに「わが父 園音巳に捧ぐ」と出てくるので、
おそらくお父上が亡くなられて、あらためて生きることと死ぬことを考えたんだろうなぁ。
ちゃんと伝えることが、どんなに難しいか。
その難しさを知っている人には、しみじみと沁みてくる映画です。




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by kobo-tan | 2013-07-09 22:11 | 映画・ドラマ | Comments(0)
2013年 06月 11日

「図書館mini戦争」



先日の夕方ほんのちょっと空いた時間を使ってせっせと見た、2008年製作の夏帆主演映画「砂時計」。
キャスト、スタッフともに丹念な心こもった誠実な仕事で、夏帆もこの映画も佐藤信介監督の演出もいっぺんで好きになった。

映画の文体、
構図と色と光のデザイン、
テンポと間とカメラの動き、そして音楽。

自然さと物語と、ささやきとクローズアップと表情と目の芝居。
そしてなんといっても、本を読む人の美しさ。

これらをほんの短い時間で堪能できる素敵なショートムービーを佐藤監督のオフィシャルサイトから。
この監督、胸がキュンとなる話を撮るのがホントにうまい。
最後の言葉のなんとステキなこと!








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by kobo-tan | 2013-06-11 02:27 | 映画・ドラマ | Comments(0)
2013年 05月 29日

映画の魔術

きのう、ステディカム万能、みたいに書いたので、でもちょっとそうでもないんだよなあという気もして、
ステディカムを使わない、古風な古風な、映画の魔法もあることを書いておきたくなった。

ちょっと、マニアックすぎるかもしれないけど。


                ■                              ■


前一度取り上げた、ギリシャの映画監督、テオ・アンゲロプロスの「永遠と一日」の中の有名なシーン。

部屋のドアが開き、カメラは陽の降り注ぐベランダへ出て、広がる海と、浜辺で歌い踊る人たちを遠くながめながら、
ゆっくりと、まっすぐ前に進んでゆく。





アンゲロプロスは、可能な限りワンシーンワンカットで撮るスタイルを持っている(持っていたというべきか)映画監督だ。
観客にそれと気付かせることなく、映画の中で行われていることに立ち会わせ、なにものにも代えがたい時間を共有させる。

そのために彼はこんな手を使う。
この動画の32秒あたりからその謎解きは始まる。
アンゲロプロスがフランス語で解説しているのだけど、ぼくは仏文に入ったくせにフランス語がさっぱりわからないので、
どなたかわかる方がいたら教えてもらいたいと思うのだけど。 ステディカムという言葉も出てくるので、その撮影手法の違いなど、
面白いことを彼は絶対言ってるはずなんだけど・・・

フランス語、もっと勉強しとけばよかった。



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by kobo-tan | 2013-05-29 11:01 | 映画・ドラマ | Comments(0)
2013年 05月 28日

ER に夢中だった



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今日Facebookの友達の投稿で映画用の撮影カメラに装着して使う「ステディカム」の記事が出ていたので、
自分の知ってることを矢継ぎ早にコメントしてしまった。その中で、ステディカムを多用した作品としてまず思いだす、
しばらく前にとうとう終わってしまったアメリカのTVドラマ「ER緊急救命室」のことを書いたら、なんだか次々とその映像が思い出されてしまった。

ほとんどの方はご存知かと思うけれど、このドラマは本国アメリカで、1994年から2009年まで、日本では1996年から2011年まで15年間にわたって放送された医療ドラマで、
題材、内容、俳優、音楽、演出スタイル、スケール、製作者の志、あらゆる面においてこのドラマを超えるものはこれから先も現れないだろうとぼくは思っている、そんなTVドラマを超えたドラマである。
1st seasonから Final season まで、たぶん見逃した回はないと思う。見逃したくなかったので、おそらく全部見た、と思う。

youtubeで思い出して、また3本ばかり抜粋シーンを見た。
見たひとにはすぐわかると思うけれど、ぼくはいまだに、マーク・グリーンが亡くなった時の回を見ると涙が出てきます。
ファイナルシーズンの特別版で各俳優のインタビューがあり、グリーンの妻のエリザベス・コ―ディ役のアレックス・キングストンが、
グリーンが亡くなった時の回のことをインタビュアーに訊かれて、その話は勘弁してほしい、いまだに泣いてしまうからと、ほんとうに涙ぐんでいたのを見て、
役者がそうなんだから見てる方が泣いてしまうのは無理もないことだと思ったものでした。



グリーンの亡くなるシーンは悲しすぎるので、これを。




もうグリーンは明日からここには来ない。
カメラがいちいちグリーンの見た眼になって表現する。
その的確さがたまらない。





ほんとうに、
このドラマにはすべてがあった。





追記)
このドラマの製作者、スタッフには、このレベル、このグレードは確実にクリアしなければならないというラインがある。
だから、どのショットにも、どの画面の隅にも、どの一瞬にも意味があり、何度見ても、見飽きることがない。
このドラマに関わるスタッフ全員がその意識、そのレベルを共有している。この全員が、というところがすごい。そこにアメリカの映画界、、
ドラマ制作の世界の底力、良心を感じる。それを彼らはだれることなく、15年間継続した。これは奇跡的なことだ。
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by kobo-tan | 2013-05-28 15:54 | 映画・ドラマ | Comments(0)
2013年 04月 18日

「ありふれた奇跡」のこと






山田太一が脚本を書いて2009年1月から放送されたドラマ「ありふれた奇跡」はこんなふうにして始まる。
山田さんが12年ぶりに書いた(この前は「ふぞろいの林檎たちⅣ」)久々の連続ものということで、スタッフ・キャストの意気込みも並々ならぬものがあり、
このオープニングシーンも力のこもった素晴らしいものだった。
駅のホームで、自殺しようとしている中年男陣内孝則に気付いた仲間由紀恵と加瀬亮がとっさに彼に飛びかかって自殺を止めるところからこのふたりをめぐる物語がはじまる。

ぼくはこのドラマを4年前に毎週集中して見て、その時に録画したDVDを1話から最終話まですべて保存してあるのだが、
今年に入ってなぜかよく思い出し、ネットで検索した時に、なんとデーリーモーションの動画で全11話をすべて見ることができることを知った。
それでしばらく前から、仕事を仕舞って思い出したときに、工場のパソコンの前に坐って、初回から1話ずつ順々に見るようになった。
かつての自分の過ちで子供のできない体になってしまった女性と、一度は人生の生存競争に負けたことのある実直な左官職人の、それぞれの家族を巻き込んだ恋の物語。

そしてとうとう昨日の深夜、最終回を見てしまった。
よかった。
さまざまな問題を乗り越えて最終的にはふたりは結婚するということになるのだけど、
最後に両方の家族が一堂に会してお茶の席を持つというところがあり、
そこで、家族の中で最後まで、子供のできない女性との結婚は認められないと強情を張っていた、左官職人の方の祖父の井川比佐志のスピーチがとてもよかった。
あの引きこもりだった翔太(加瀬)が変わった。お祖父ちゃんは用心のしすぎだ、そんなに用心ばっかりしてたらいつまでたっても独りじゃないか、なんて堂々とものを言うようになった。
それは加奈さん(仲間)のおかげだ、と言って自分も応援するという。 実に名演説、名台詞。それを聴き終わって、静かに加奈は泣く。この泣き顔が美しかった。
加奈と翔太の出会ってからのすべてのドラマが、この場面に着地したという感じ。また4年経ったら、このシーンを見るために1話から見直すのかもしれない。


「ありふれた奇跡」 第一話


デイリーモーションの動画をそのまま貼り付けることができないので、リンクしておきます。



追記)
今またこの動画を見ていて、
この時この場所に、この二人がいた、っていうこと自体が奇跡だよな、と思う。
いろんな問題を乗り越えて、お互いに愛し合って、結婚することになる二人は、
最初はこんなふうに、ただ摺れ違うんだ。
確率という言葉を使うのもばかばかしいくらいそれは、何億分の一、何兆分の一の確率であることか。
ここまで思い至った時ひとは、神の采配という以外にそれを言い表すことができないんだろう。



「悲しいことには、きっと、いいことがついてくる」
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by kobo-tan | 2013-04-18 18:06 | 映画・ドラマ | Comments(0)
2013年 01月 24日

永遠と一日





あなたがもし10分間、煩わしいすべてのものを忘れて、画面に集中することができるなら、どうぞ上の動画をフルスクリーンにして見てください。
それはおそらく、なにものにも代えがたい10分間になるはずです。台詞は少ないですが、字幕はたぶんイタリア語なので、
ギリシア語とイタリア語の知識がない人にはわからないと思います。言葉がわからなくても、いやむしろ、わからない方が、
いろいろなことを想像することができて、ぼくは面白かった。


初老の男と少年は、親子なのでしょうか?そうでなかったら、どういう関係なのだろう。
やって来たバスに、思いついたように飛び乗ったふたりが、バスの中で目にするものは、なんていうんだろう、
或る、人生の輝き、そういうものに満ちています。


バスの窓から見える船の灯り。
同伴して走る自転車。
無愛想な車掌。
デモをしていたらしき赤旗の学生。
政治には関心のなさそうなあまりうまくいっていないカップル。
三人の音楽隊。
束の間の時間、そこでさまざまな人生が交差する。
それは眺めているだけで、なんとおもしろいことだろう。
人間はじつに、それぞれの個有の物語をもって生きていることか。


これは、ギリシャの映画監督、テオ・アンゲロプロスの「永遠と一日」という映画の一部分です。
調べれば、あらすじや、男と少年の関係もわかりますが今は書きません。
アンゲロプロスは、たくさんの素晴らしい映画を残して、昨年、76歳で亡くなりました。
明日1月24日は一周忌にあたります。
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by kobo-tan | 2013-01-24 02:17 | 映画・ドラマ | Comments(0)