つくりものがたり

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2011年 12月 30日

ありがとう



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ざっくりですよざっくり。
あんまり細かいとこまでやるときりがないし、疲れてしまうから、ぱっと見、きれいにかたづいてるなあという程度に、大掃除ならぬ、中掃除でしょうか。

今年も、終わりです。
今年最初のページを見ると、今年は少し上の方に立って大きな流れを見すえたい、などと大言壮語しておりました。
すっかり忘れていました。恥ずかしいことです。

どうにかこうにか、持ちこたえてきた、それが実感です。
いやこれは、正確じゃないな。
たくさんの人に助けられて、持ちこたえることができた、これが正しい。
たくさんの人はほんとうにたくさんなので、いちいちお名前はあげませんが、
いつもことあるごとに仕事をもってきてくれるあの方この方、
急な頼みでも万難を排して手伝ってくれる、気の合う仲間たち。
家族も含めて、陰になり日向になり支えてくれたひとたちは両の掌ではかぞえきれません。
大切な出会いもありました。
その人たちの顔を心の中に思い浮かべて、ひとりひとりに心の言葉でありがとうを言います。
いまここにこうしていれることに
ありがとう
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by kobo-tan | 2011-12-30 10:35 | つぶやき | Comments(0)
2011年 12月 26日

つくりもの ~大戸屋さんのドリンクカウンター~

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12/23(Fri.)

大戸屋さんの、艶消し墨黒のメラミンのドリンクカウンター。

天板上にも内部にも、コーヒーサーバーの機械や、排水タンクなど、いろんなものが置かれるらしく、かなり変形もの。

上・中段6杯の抽斗の細工もかなり凝っていて時間がかかりそうなので、須籐君にまた手伝ってもらった。









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内部もすべて黒で、抽斗の内箱の内側はさらにメタルメラミン(ステンレスやアルミの薄板を表面に貼ってある高級メラミン)を貼るという指定。

コーヒーカップ等が入れられるのだろうという予想があったので、底板も9mmの耐水合板をビスでがっちり留めて頑丈なつくりにした。

でもこのメタルメラはモダンで、かっこよすぎる気もする。







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12/24(Sat.)

抽斗の前板には透明アクリルの小窓があるので、その細工がかなり大変だ。
いろいろ考えた結果、12mmのMDFをくり抜き、その上に5.5mmのMDFを押さえ縁の分、内側に張り出させて貼り付けることにした。











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型をつくって、ならい加工で線を調える。












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12/25(Sun.)

手掛けを掘って、黒の色を差しておく。












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先に扉の部分を取り付けて、うまく納まり、開閉も支障ないか確認しておく。

ちょっと専門的になりますが、
この場合、左右の側板は前に出ているので、そこだけはインセットの丁番を使うのだけど、地板はかぶせになっているので、最低3mm程度のクリアランスを取らないと、開くときに当たってしまう。それがうまくいったかの確認と、扉がうまく納まったところで、そのラインに合わせて、上の抽斗の前板を取り付けてゆく段取り。








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位置を合わせて、前からビス留め。













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押さえ縁には、ちょっとひらめきで、ウォールナットの角棒にメラを貼ったものを使った。


ウォールナットならそのまま見せてもおかしくないし、ちょっとしゃれてると思って。












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このアイカの新しい艶消し黒メラミンは、かっこいいんだけど埃が少しつくと拭いても拭いてもなかなか完璧に取れなくて、掃除がたいへん。黒は渋く大人っぽいので好まれるのはわかるのだけど、使う方から見ると、中も暗くて見にくいし、ちょっとどうかなと思う。
材料は、外面だけにだまされずに、使い勝手とか、総合的な大人の判断で選んでほしいもの。

大戸屋 山下公園店は横浜県民ホールのとなりのビルの1階だそうです。
どうぞ御贔屓に。
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by kobo-tan | 2011-12-26 13:07 | 製作過程 | Comments(0)
2011年 12月 20日

穴を空けるのはたいへんなんです

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自家製コンパス式穴あけ機

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必要な半径の中心にビスを刺して1回転する。
ビットの出を少しずつ深くしながら、2~3回繰り返す。

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最後はトリマーに代えて、落とす。
粉がいっぱい出るし、むせるし、たいへん。
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by kobo-tan | 2011-12-20 23:28 | minimal thing | Comments(0)
2011年 12月 19日

つくりもの

大戸屋さんの山下公園店の天板

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小口には、厚さ2mmの樹脂製の小口化粧材を、速乾ボンドで貼る。

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トリマーで2Rの面を取るのだが、その薄く細かい削りかすが、ものすごく鬱陶しい。
静電気で、はらってもはらっても、性懲りもなく、くっついてくる。もうー、どっかへ行ってくれ!

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トリマーでアール面取りをしても、上面にほんのちょっと、ひっかかりが残る。
その、0.1mmか0.05mmかをノミで浚う。

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すべてランバーのベタ芯で、そこそこの重さがある。腰に徐々に疲労がたまる。
大中小で計16枚の天板、完成。
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by kobo-tan | 2011-12-19 14:57 | 製作例 | Comments(0)
2011年 12月 16日

ブッダとイエス

岩波文庫「ブッダのことば」(中村 元訳)のなかにある、「三、犀の角」の章は、二行ほどの四十の短文からなる、詩のような呼びかけだ。

35 あらゆる生き物に対して暴力を加えることなく、
    あらゆる生き物のいずれをも悩ますことなく、
   また子を欲することなかれ。
   況んや朋友をや。
   犀の角のようにただ独り歩め。

36 交わりをしたならば愛情が生ずる。
   愛情にしたがってこの苦しみが起こる。
   愛情から禍いの生ずることを観察して、
   犀の角のようにただ独り歩め。

……

 50 実に欲望は色とりどりで甘美であり、
   心に楽しく、種々のかたちで、心を撹乱する。
   欲望の対象にはこの患いのあることを見て、
   犀の角のようにただ独り歩め。

 ……
  
 52 寒さと暑さと、飢えと渇えと、
   風と太陽の熱と、虻と蛇と、
   ―これらすべてのものにうち勝って、
   犀の角のようにただ独り歩め。

……この、「犀の角のようにただ独り歩め」が延々とつづいてゆく。そのさまは力強く、美しい。ブッダはとにかく心の平安と解脱のためには、すべてを捨て去ることが肝要だと説く。慈しみ(一切の生きとし生けるものは安楽であれかしと念ずること)と、あわれみ(一切の生きとし生けるものどもが、この苦しみから脱れますようにと念ずること)の徳は修めるべしと後のほうで出て来はするのだが。

           ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一方、イエス・キリストは、彼につき従ってきた群衆に向かってこんなふうに語りかける。(ルカの福音書、第6章)

   貧しいものは幸いです。神の国はあなた方のものですから。
   いま飢えている者は幸いです。あなたがたは、やがて飽くことができますから。
   いま泣いている者は幸いです。あなたがたは、いまに笑うようになりますから。
   ……
   しかし、富んでいるあなたがたは、哀れなものです。慰めを、すでに受けているからです。
   いま食べ飽きているあなたがたは、哀れなものです。やがて飢えるようになるからです。
   いま笑っているあなたがたは哀れなものです。やがて悲しみ泣くようになるからです。
   ……
  
   しかし、いま聞いているあなたがたに、わたしはこう言います。
   あなたの敵を愛しなさい。
   あなたを憎む者に善を行いなさい。
   あなたをのろう者を祝福しなさい。
   あなたを侮辱する者のために祈りなさい。

   あなたの片方の頬を打つ者には、ほかの頬をも向けなさい。
   上着を奪い取るものには、下着も拒んではいけません。
   すべて求める者には与えなさい。
   奪い取るものからは取り戻してはいけません。
   自分にしてもらいたいと望むとおり、
   人にもそのようにしなさい。


イエスの考え方は過激だ。ひとはいったい、自分の命を狙っているかもしれない敵を、愛することなどできるのだろうか。キリスト教を奴隷の宗教だと言ったのはニーチェだったか。イエスは、危機迫ったら黙って殺されなさいと言っている。事実彼はそれを実践した。すべての弟子たちに裏切られ、見捨てられても、恨み事ひとつ言わなかった。弟子たちの回心は、イエスの死によってはじまる。

イエスの言葉を、自分の問題として考えるようになった。
彼はこんなふうに言っているのだろうか。
幸福もまた、不幸(と見えるもの)の中にあると。
幸福(と見えるもの)をつかんだときは哀れであると。


  さて、神の国はいつ来るのか、とパリサイ人たちに尋ねられたとき、イエスは答えて言われた。
  「神の国は、人の目で認められるようにして来るものではありません。
  『そら、ここにある。』とか、『あそこにある』とか言えるようなものではありません。
  いいですか。神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。」 (ルカの福音書、17章第20節)
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by kobo-tan | 2011-12-16 15:24 | | Comments(0)
2011年 12月 14日

二つの鍵





五歳まで住んでいた家の玄関は、はば一間そこそこのせまい路地に面していた。自転車は通れたけれど、車など通れるはずもない、まさに人のための通路だった。そのころの玄関というのは、みな薄い磨りガラスを嵌めた格子の引戸で、開け閉めのたびにガラガラという音がした。二枚の引戸の召し合わせ(重なり)のところに捩子を切った穴が一つ空いていて、真鍮の棒を差し込んで二枚の戸を留めて鍵をした。もちろん家の内側のほうからだ。とすると、家族皆が留守をする時、外からどうやって鍵をかけたのだろう。五歳までの家では、その記憶がない。おそらく南京錠を使ったのだろうが、もしかすると南京錠は裏の勝手口にして、玄関は内鍵だけだったのかもしれない。

ぼくが五歳までの頃といえば、まだ昭和三十年代である。鍵の記憶がないのは、たぶん鍵をあまりしなかったのだ。玄関の戸は、いつも手を掛けるとガラガラと開くものだった。
演出家の鴨下信一さんが、「誰も『戦後』を覚えていない[昭和30年代篇]」という本の中で、小津映画を引き合いに出して、鍵について述べておられることが興味深い。当時、家の中にひとがいれば、鍵などかけなかった。ご近所さんたちは「御免下さい」の挨拶も抜きで、玄関からも勝手口からもどんどん他人の家に入る。鍵はまったく掛かっていない。小津の最後の作品「秋刀魚の味」(昭37)で、帰って来た笠智衆の父親が「もう閉めていいかい」と聞くところがある。最後に帰宅した人が玄関に鍵をかけるまで、鍵は開いている。

そんな日本人の住習慣、風俗を変えていくきっかけになったのが、昭和31年から入居が始まった公団住宅=団地の玄関に付けられたデッドボルト式シリンダー錠だという。デッドボルトというのは閂(かんぬき)のことだから、プッシュ式のようなちゃちなものではなく、ちょっとやそっとでは壊れない頑丈な鍵だ。その鍵が、日本人の意識を徐々に徐々に変えていった。外を住居の一部分のように使ってきた(借景という言葉はまだ残っていますね)日本人の住習慣は、内と外を厳密に分離するようになり、ついには現在のような内へ入ればすぐ内鍵をかける[閉じられた生活]が定着するようになった、という。

いま考えると、たしかにあの路地は、道というより廊下のようだった。そこに面して、長屋のようにくっつきあって建っていた家々は、人さまの家というより、五歳坊主の目には、OさんやKさんやHさん一家の暮らす部屋であり、ガラガラと開く引戸は、その部屋への入り口だった。呼ばれるままに平気で飯も食った。そこに住む人たちは皆、こんな月並みな表現しかできないのが悔しいけれど、五歳坊主には家族のようだったのだ。

あの路地では、なぜかみんな笑っていた。あの路地のことを思い出そうとすると、少しずつかすかによみがえってくるのは、Oさんや、Kさんや、Hさんや、父や、母や、祖母の、笑顔なのだ。いや、でもこれは、後で付け加えられたイメージかもしれない。いまも実家に残っている、これまでたびたび眺めた、その当時の白黒写真に写っているぼくらはみんな笑っていたから。
どうしてだろう。まだみんな写真に写ることを照れくさく思っていて、照れ笑いをしていたのか。それにしてもみんな嬉しそうに笑っている。オガタさんも、ハヤシさんも、カムロのおじさんも、従兄のケイちゃんもコウちゃんも家族のように笑っている。家は粗末な家だ。雨漏りもしていたはず。窓はまだサッシではない。風が吹けばガタガタ鳴る、すき間風は吹きこみ放題の格子のガラス窓だ。そんな家で暮らしながら、こんな言い方しかできないのがこれも悔しいけれど、こころの中は暖かかった。大人はわからない。こころの中をのぞいたわけじゃないから。でも大人はいつも笑いかけてくれたから、五歳坊主のこころはいつも暖かかったと思う。

ノスタルジーはどんな幼年時代もユートピアに変えるということか。いまからもう46年も前の、九州熊本の田舎町でのこと。その記憶をたどるきっかけになるのは、ぼくの場合しばしば鍵である。仕事柄、新築のお宅にお邪魔することがたびたびあって、そのとき必ず目にするのが、玄関についた二つの鍵だ。今の玄関は、二重の鍵が標準になっている。その二つの鍵を見るとぼくは、ぼくらがあの時代から遠く隔たってしまったことを突きつけられたような気がしてくる。そしてこう自問してしまうのだ。ぼくらにはほんとうに二つの鍵が必要なのだろうかと。
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by kobo-tan | 2011-12-14 00:13 | ものがたり | Comments(0)
2011年 12月 10日

Une Table Blanc



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寒いけれど天気の良い土曜日。
今日は、鵠沼のYさん宅へ白いパソコンデスクの取り付けに。
建築家、森博さん設計のおうちです。
ごくシンプルに、板脚は右側だけ、奥と左側は壁に留めています。

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奥の壁ぎわには配線スペースを設け、3枚のパネルで隠し、すっきり見せます。
小口と天板裏のシナには舐めても安全な、米糠から作ったオイルを塗りました。

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広くなったところにパソコンを置いてお父さんが使い、手前のせまい方はお嬢さんの勉強机になるそうです。
天板は白のメラミン、小口にはナラの無垢材の挽板を貼って、使いやすいように角は2mmのアールをとっています。
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by kobo-tan | 2011-12-10 19:23 | 製作例 | Comments(0)
2011年 12月 09日

Jazz singer

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昨日マントラまでたどり着いたので、ジャズ・コーラスからジャズ・シンガーのことをぼんやり考えていた。
ジャズシンガーといっても僕にとってはそれはもう女性ジャズシンガーってことだ。男性でも、最近もデュエットCDで85歳の高齢にしてなお矍鑠としたところを見せているトニー・ベネットなどは昔ビル・エヴァンスとの共演盤でずいぶん聞いたけど、でもやっぱりジャズシンガーはディーヴァでなくちゃ!濡れてなくちゃ!


いろんなシンガーがいる。ジャズだから、もちろんスィングしなけりゃ意味がない。いっぱいスィングするシンガーもいる。ハスキーなシンガーもいる。アンニュイなシンガーもいる。コケティッシュなシンガーもいる。もちろん巧いシンガーもいる。


でも「感動」のあるシンガーってだれだろうって、ふと考えた。
聴いている者を感動させる、心に沁み渡る歌を歌うひと。
そしてそれは、ぼくのなかでは、この二人のような気がしている。
(これは「いわゆる」ジャズ・シンガーのなかでということで… たとえば浅川マキをジャズシンガーとみなせば、彼女を外すわけにはいかなくなる)


新旧世代の「旧」のほうからまず、ニーナ・シモン。



これは、1958年のファーストレコーディングのなかに入っている有名な曲で、ジャニス・ジョップリンなんかも歌ってる。
詩は、ぼんやり坐って雨粒を数えてるだけ、自分に何ができるのかと考えてみても何もない、なにをしても無駄、君は打ちのめされているという救いようのないものなのだけれど、その不幸な少女の哀しみに、解決とか、希望とかをもたらすものではけっしてないんだけれども、ただその哀しみにしっかりとよりそうというのか、ただそれだけをしっかりとやろうとしている歌。
バロックのような弾き語りのピアノがメロディーを奏でるのは、クリスマスキャロルの「慈しみ深き王ウィンセスラス」。ジャズというより、もっと大きな意味での「歌」。この歌は彼女の人間性そのものという気がする。
彼女は、乳がんによる闘病生活の末、2003年に70歳で亡くなってしまった。


「新」のほうからは、といっても彼女は1956年生まれというからとうに50歳を超えているけれども、ダイアン・リーブス。




この曲は、リッキー・リー・ジョーンズが1979年のデビューアルバムで歌っていたバラード。company は、一緒にいることという意味、I need your company は、あなたに一緒にいてほしいということ。

  貴方のことをひどく思い出して仕方ないけど
  私は今の生活を何とか生きているわ
  話したい話題があってもそこに誰もいないから
  貴方ならこんな時なんて言うかなぁ、と想像したり

  いまもう貴方は別の人生を生きているのだから
  せいぜい私の夢のなかに連れてこれるくらいね
  でも美しい星空に出くわすようなことがあった時は
  やっぱり私は貴方が一緒だったらなと思うでしょう


彼女は、前にもジョニ・ミッチェルの「青春の光と影」のところで書いたけれど、こんなポップスの曲もその歌心と強靭な集中力で、自分の歌にしてしまう。
ついつい、聴き入ってしまう。 その歌のちから。


追記) 訳詩は、milk teaさんのブログ「Life with Music」より掲載させていただきました。




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by kobo-tan | 2011-12-09 14:05 | 音楽 | Comments(0)
2011年 12月 08日

ア・カペラ

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ア・カペラはイタリア語で、英語の in chapel のことだから、教会で無伴奏で歌われていた聖歌に由来しているわけで、おのずとその雰囲気も、和声、調和、包み込まれるごとくであり、火の出るようなソロパートの応酬などはあまりないよね。




「思い出はうたになった」のはいっているスタレビのCDは楽器を少なくして、アカペラっぽい仕上がりになってる。
そのなかに、この無伴奏のオフコースのカバー曲がある。






無伴奏で歌うコーラスグループはいっぱいあるだろうけど、アカペラでまず思い出すのは、ひとり多重録音でやった山達の何枚かのアルバムだろうか。
向こうのほうでは、シンガーズアンリミテッドが好きだった。いい曲がいっぱいある。

でもこれまでに聴いたもっとも素敵なアカペラは、マンハッタントランスファーのこれ「A Nightingale sang in Berkeley Square 」。 1981年の「Mecca for Moderns」に入っています。
当時はLPレコードのB面の最後にあったので、布団のなかでこれを聴きそのまま眠ると、ぐっすり眠れたような気がしていた。

ちなみにナイチンゲールは偉人の名ではなく、小夜啼鳥(さよなきどり)という鳥の名前。西洋ウグイスとも呼ばれる美しい声の持ち主であるそうな。 
舞台はロンドン。 わたしたちが出会った夜、あたりには魔法がひろがり、リッツでは天使たちが食事をとり、バークレイスクエアではナイチンゲールが一羽歌っていた、というラブソング。



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by kobo-tan | 2011-12-08 10:08 | 音楽 | Comments(0)
2011年 12月 07日

思い出はうたになる

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今日はよく晴れている。でも、さむい朝だね。

あなたは悴んだ手を擦り合わせて、さあ、と立ち上がる。

今日なすべきことと、今日はまだする必要のないことを注意深く選り分けて、

昨日までそうやってきたように今日もまた、一日をつくりはじめる。



あなたがそこにたどりつくまで、

あなたは何万回、呼吸(いき)をしてきたろう。

あなたの心臓は、何万回の鼓動を打ち続けた?

生まれてから今日まであなたは、何人のひとを愛してきたろうか。



一日は夕焼けだけで成り立っているんじゃないから

その前で立ちつくすだけでは生きていけないのだから

それがどんなに美しかろうとも、と詩人は書く。

いとなみはうすのろだ。

毎日の繰り返しのなかで、あなたは何を忘れただろう。

忘れたものを思い出すことはあるだろうか。



可笑しくて可笑しくて、心の底から笑ったのはいつのことだったろう。

爪が掌に刺さるほど握りしめて、悔しさに歯を食いしばったのはいつだった?

涙が枯れるほど泣きつくした一日のことを憶えてる?

誰かを傷つけたことに戦いて、地面に額づいて詫びたい気持ちになったことがあったろうか。

誰かの言葉に傷ついて、死んでしまいたいと思ったこともあったかい?

でもそんな右往左往にお構いなく、あなたは呼吸(いき)をして、

いのちあるかぎり、あなたの心臓は鼓動を打ち続ける。

みんななにかとたたかってゆくよ。

そして思い出はうたになる。




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by kobo-tan | 2011-12-07 12:09 | ものがたり | Comments(0)