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2012年 06月 29日

緊急事態!

突然ですが、この記事を見て、もうのんきにしていられる状態じゃないと痛感しました。
いま大変なことが進行しています。


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『4号機プール-ABCの取材によって新たに分かったこと』
カレイドスコープ


事態を把握できた方は、とりあえず、このサイトのメッセージに署名しましょう。

日本に住む者として、この事態を放置していていいのか!?
どうぞ一緒に考えてください。


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また、本日6/23(金)夜、首相官邸前で原発再稼働反対のデモが行われます。


これを、作家の広瀬隆さんがヘリをチャーターして空撮。
中継は「Our Planet TV」

配信時間は19:00頃から。
アクセスするだけでも、視聴者数を増やすことで協力できます。


日本のマスコミ、しっかりしてください!
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by kobo-tan | 2012-06-29 12:22 | 社会 | Comments(0)
2012年 06月 27日

なぜ反るの?


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こうやってバンドソーの定規に当てながら、タテに割いてゆくわけだけど、バンドソーで材の真ん中をまっすぐに切るというのはけっこう難しいもので、
とくにこんなカバみたいに硬く、しかも二度手間になるので平らを出さないでそのまま切るなんて時はなおさら。

鋸の進路が曲がってきたので、ひっくり返して反対から切っても、同じ面を定規に当ててるにもかかわらず、

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こんなにずれてしまう。 ただたんにヘタなのか。

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ともあれ、とにかく割きました。 何本くらい? 数えるのも面倒なくらい。
でもこうやって割くと、木ってかならず反ります。
割いたり、削ったりして、いままで木の内部にかくれていた面がこうして白日のもとに出てくると、多かれ少なかれかならず反ります。
それも、新たに出てきた面が縮む方向に反ります。
昇降盤の丸い鋸で割いたときなんか、割いてるそばから材料が閉じてきて、鋸が止まったりします。
なぜ反るの?
鋸の摩擦で切断面が熱を持つからとかいう人もいるけど、それもどうだか。
冷めたらもとにもどってもいいじゃないの。
明快な答えが知りたい。


さて、これからまっすぐな10mmの板になるまで、削っていきます。

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まず、手押し(手押し鉋盤)で、とにもかくにも、一面を平らにしなければなりません。
いま厚みが平均して16mmほど。 反ってるので、材の両端が盤に着地するようにして、
端の厚みが10mm以下にならないように注意して、少しずつ削っていきます。
200枚くらいあるでしょうか。 
削ってる間は、ブワ―ンという刃のまわる音と、木を削る音と、集塵機のモーターの音しか聞こえません。
音楽かけてたって聞こえないので、音楽も止めます。 電話なんかかかってきても聞こえません。
ただひたすら削ります。 このときばかりはなにも考えていないようです。
ただどこかでいつも感じているのは、この目の前で高速で回っているものは凶器で、その上をいま指が通っているという意識でしょうか。 それを忘れるとたいへんなことになります。


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カバは散孔材。 散孔材というのは、ナラやタモのような環孔材のように道管(水分を吸い上げる管)が大きくはなく、しかも均等に散らばっているので、きめが細かく、光沢がある。
赤身のカバ(マカンバ)は高級材・サクラの代用で使われるけど、雑カバは、赤身と白太が混ざっている。
杉の場合は、源平っていうのに、カバは雑カバ。源平カバのほうがもう少し上等のような気がするけど。

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無垢を一日中あつかっていると、棘が刺さります。 すぐ抜いておかないとチクチク痛いのです。
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by kobo-tan | 2012-06-27 00:14 | 製作過程 | Comments(0)
2012年 06月 25日

カバの箱を62個つくる


3月にやった、ホワイトアッシュでメガネ屋さんのディスプレイ什器の箱をつくる仕事。
こんどは、材料を雑カバに代えてつくって、との注文。 ああ、とため息が・・・
ホワイトアッシュなら慣れたし、端材も少し残ってたのに・・・

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こんなに硬くて・・・
     あばれまくってて・・・
     
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逆目だらけの、カバにならなくても・・・

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きのうから切りはじめたんだけど、いつものように納期のないこんな時に、
また狙ったように、どうしても明日まで、という見積りが入ってきて…
今日の夕方まで加工はおあずけ、夜になってやっとタテ裂きをはじめると・・・

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解き放たれたカバは、裂いた直後からボワンと湾曲しはじめ・・・

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こんな姿と相成りました。 これで果たして真っすぐな10mm厚に仕上がるのか!?
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by kobo-tan | 2012-06-25 22:47 | 製作過程 | Comments(0)
2012年 06月 24日

琥珀を見つけた日



森の小道を並んで歩きながら、彼は問わず語りに話しはじめる。

「7月になって学校が休みになると、わしらは毎日森へ来て遊んだ。
この辺は冬が長いからな。 夏の森は、天国のようだった。
この時とばかり、虫たちや、鳥や、たくさんの生き物が、そこかしこで蠢いていた。
泉の近くを通る時は、蚊や、虻や、蜂なんかがまとわりついてきてな、
上のほうからは、クマゲラの鳴き声や、木をつつく音がひっきりなしに聞こえてきた。
下草の茂みの中からは野ウサギが顔を出したりした。
森の木の葉ごしに見える陽の光は、いつもきらきらきらきら輝いていたんだ」

どこか遠くの方を見ていたその目が、傾きかけた太陽のほうを見上げる。

「そうだ、こんなふうに」

葉の影が、皺に刻まれた彼の顔の上でゆれる。

「あるとき森で飴玉を拾ったんだ。 褐色の透明で、それはきれいだった。
泉で洗って舐めてみたが甘くない。 そりゃぁそう、甘くないはずだ。 それはコハクだったんだ。
何万年か前の松脂が固まったもんだった。 先生が教えてくれたよ。 それからしばらく、
わしは森を歩きながら、どこかにコハクが落ちていないか探したものだ」

彼はふと立ち止まり、小道の脇にベンチ代りに置いてあった丸太に腰を下ろしながら続ける。

「何年かして、森の中の大きな石を腕試しにひっくり返したとき、その下にコハクがあったんだ。
掌で包みきれないくらいの大きなやつだ。 わしはそれを手にとって、シャツの袖できれいにふきあげて、
明るい方を透かしてみたんだ。 コハクの中に、なにかが入っていた。 蜂だったよ。 それも、二匹だ。
生きているそのまんまの形で、重なり合って、入ってたんだ。 交尾してるのかと思ったよ。
何万年か前の蜂が、交尾しながら松脂の中に落っこちたのか。 どうだかな」

「その二匹の蜂のことははっきり覚えているから、ずいぶん長くながめてたのかもしれないが、よくわからないな。
そうだ、土を掘ってまた埋めちまったんだ。 そしてそれっきりだった」

陽はもうすっかり傾いて、森の木々は黄金色に染まりはじめている。



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by kobo-tan | 2012-06-24 02:02 | ものがたり | Comments(0)
2012年 06月 21日

鎌倉のクリテーブル




森さん設計の、鎌倉材木座のお宅のダイニングに置かれたクリのテーブル。


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by kobo-tan | 2012-06-21 17:50 | 森博さんとの仕事 | Comments(0)
2012年 06月 18日

彼らはわたしたち


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エストニアの作曲家、アルヴォ・ぺルトの Spiegel Im Spiegel (鏡の中の鏡)をここに載せたくなって、
動画を探したら、こんなのが見つかった。
”1905~1906 Market street SF ” とある。
SFは、サンフランシスコのことだろうか。
この、市電の通りの映像は、何回見ても、見飽きるということがない。
通りを横切る男たち。
市電を待つ女性。
ガタガタゆれながら走るオープンカー。
突然走りだす男。
車の後ろにつかまりながら走る男たち。

1905年は、当時のロシア帝国の首都サンクトペテルブルグで、「血の日曜日」事件が起こった年だ。
労働者のデモ隊に軍隊が発砲し、1000人以上の死者が出た。
ロシア革命は、もっとずっとあと、1917年のこと。

100年のあいだに、何が起こったのか。

動画の Top Comment に、こんな言葉があった。
Hundred years later,we will be them.
They are us.


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by kobo-tan | 2012-06-18 01:46 | 音楽 | Comments(0)
2012年 06月 15日

Katrine Gislinge という pianist

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セシリア・ノービーが、ベーシストのラーシュ。ダニエルソンの曲 "Suffering" をやってるライブがあって、
これがかっこいいので、何度か見るうちに・・・・・




ピアノを弾いてる女の人が、どうにも気になってきた。
音楽を全身で表現してるし、弾いてる時の表情がいいし、ソロが終わった時の笑顔がまたいい。
それで、全然知らない人だけど、なんだかファンになってしまったので、調べてみたら、Katrine Gislinge (カトリーヌ・ギスリング)というデンマークの、クラシックのピアニストだとわかった。
ジャズピアニストがクラシックをやってるのではなくて、正真正銘のクラシックピアニスト。


シューベルトの即興曲第3番変ト長調。  すべてが美しくないだろうか。



こちらのシューマンのトロイメライも、コメントにあるようにPerfect! ではないだろうか?



Amazonさま。 この方の、ロマン派のピアノ曲の入ったCDを手に入るようにしてください。お願いします。
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by kobo-tan | 2012-06-15 23:49 | 音楽 | Comments(0)
2012年 06月 13日

原田正純さんのご冥福をお祈りします。


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その生涯をかけて、水俣病問題と向き合ってこられた、医師の原田正純さんがなくなられた。
原田さんのなされた大きな仕事は、昨日の各新聞の夕刊の評伝に詳しいのでそちらへ譲るけれど、
2008年に亡くなられた記録映画監督、土本典昭氏に次いで、また、大きな人をわたしたちは失った。

水俣に移り住み、一人芝居の上演を続けながら、1993年に亡くなられた砂田明さん、漁民の方々や患者さんたちにいつも寄り添い数々の記録映画を残された土本さん、そして原田さん。
もしこの方たちがいなかったら、そう思うとぞっとする。

孫引きだが、プラグマティズムの哲学者、ウィリアム・ジェイムズが著書の中でこんなことを言っている。

「何か大事が起きたとき、人は自問自答して、多くの人は、”誰かがことにあたるだろう” と考えるが、まれには、 ”なぜ私がことにあたらないでおられよう” と考える人がいる。
この両者のあいだに、人類の道徳的進化の全過程がある」

砂田さんも土本さんも、原田さんも、そんな人たちだった。
目を伏せて立ち去ることのできない人たちだった。

土本さんがそうされたように、原田さんもまた、半世紀通い続けた水俣の海に、「散骨してもらいたい」との言葉を残された。 その言葉に、胸が詰まった。 合掌。



原田さんの優しさが笑顔から伝わってきます。


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by kobo-tan | 2012-06-13 18:48 | ものがたり | Comments(0)
2012年 06月 12日

1981年の大貫妙子

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 工場っで聴く音楽がどれも聞き飽きた気がして、家の棚に眠っているCDを何枚か持ってきた。

大貫妙子の「Aventure」は、15年ほど前にRCAから音パレードという廉価版のシリーズで出たのを買った。
1981年の、大貫妙子の5枚目のアルバムで、前作「ROMANTIQUE」 と、この後の「Cliche」は、貸しレコード屋で借りてきてカセットを擦り切れるほど聴いたのに、その時はどういうわけか耳馴染みにならずにほっぽってあった。

で、いまこれを聴くと、これがとてもいい。

曲が、ぜんぶいい。
どの曲もチャーミングで、ダンサブルで、清潔で、アレンジが洒落てて、クールで、聞き飽きるということがない。
べたつかない。 エンドレスで、何度も何度も聴きたくなってしまう。 
パーソネルを見てみると、けっこうすごい人たちが、よってたかってつくっているという感じ。
まず芯に、新しいポップスをつくりたいという大貫さんの高い志があって、感情過多にならないあっさりした詞があって、
歌い上げないクリスタルヴォイスが常に客観性を保ちつつ、浮かび上がるイメージと適度な距離を感じさせる。

ちょっと理屈っぽいけど。

30年前の音楽だけど、おそらくこういう音楽は古くならないのだろうと思う。
中身のあるひとたちが、いいものをつくろうとして、丁寧に丁寧に作っている。 仕込みがちがう。

そして、このレコードは売れなかったらしいけど、こういう志の高い音楽は売れない。 ブランドにでもならなければ。

でもこんなふうに、売れなくても、いいものを変わらずに作っていこうという作り手がいて、世の中の側は、そういう場所と機会をいつでも提供する。 
そういうひとたちが、のびのびとつくりたいものをつくっていける世の中でなきゃいけないと思う。




アレンジは、坂本龍一



アレンジは、加藤和彦と、清水信之
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by kobo-tan | 2012-06-12 14:52 | 音楽 | Comments(0)
2012年 06月 08日

Bob Marley と Donny Hathaway


このあいだ、食品庫の塗装をしに来てくれた森さんと話していて、
70年代が曲がり角だったよね、という話になった。
それは、人を疲れさせる、おかしな人が増えた僕らの身の回りのことについての雑談だったけれど、
どうも洋の東西を問わず、70年代を境にして、
人も世の中も変わっていったような気がする。

音楽の世界でもそう。
世の中に、物と利便さが溢れてくるにつれて、
熱い歌は少なくなる。
ぼくがいまだにライブアルバムの白眉だと思うこの2枚も70年代のもの。

Live / Bob marley より Get up, Stand up



Live / Donny Hathaway より The Ghetto



とくにこのダニー・ハサウェイのライブなんていまだに聴くたびに熱くなる。
ほんとうにかっこいい音楽って、こういう音楽なんだよって、若い奴らに教えたくなる。
ほんとうにかっこいいものを、奴らは知らない。
かわいそうだと思うけれども、あまり言うと煙たがられるから、ほどほどにするようにしている。

ボブ・マーレーとダニー・ハサウェイ。
二人ともに1945年に生れてる。
熱い音楽と歌を残して、
ボブ・マーレーは1981年に脳腫瘍で、
ダニー・ハサウェイは1979年に自らホテルから飛び降りて亡くなった。
ジョン・レノンがヨーコの目の前で、ファンに撃たれて亡くなったのは1980年12月8日のことだった。
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by kobo-tan | 2012-06-08 18:54 | 音楽 | Comments(0)