つくりものがたり

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2013年 02月 26日

パイン材の洗面台




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パインの無垢材を使った洗面台。 
天板部分は現場でタイル張り。


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抽斗はハーフェレ・ノヴァプロ。ソフトクローズで、高級感あり。


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アールの地袋の塗装が上がった。

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こんなふうに、4mほどの出っ張った壁面にぐるっと沿わせて置かれる。

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銀座インズの中にあるAMO'S STYLEという下着屋さんに置かれます。(現在改装中、28日にリニューアルオープンとのこと)
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by kobo-tan | 2013-02-26 23:49 | 製作例 | Comments(0)
2013年 02月 25日

Loving You




この曲、昼に聴かないでください。もちろん、朝もだめ。これはもう、ぜったい昼間はだめ。

昼間は、まだまだ寒いけれど、一生懸命仕事して、きょうの勤めをはたして、少し残業なんかもやったりして、
そして夜になって、ひとりになって、心にひっかかってる心配事が少し減ったら、吉田美奈子さんのこの歌を聴く。


お酒とか、コーヒーでもいいけど、呑みながらなんていいかもしれない。





「星の夜」は、残念、このライブのDVDはアップされていなかった。
でもCDのほうはありました。傑作「Stable」のラストを飾る名曲。


「星の夜」
貼り付けできなかったので、リンクしました。
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by kobo-tan | 2013-02-25 00:33 | 音楽 | Comments(0)
2013年 02月 23日

アールの地袋




これが徹夜してなんとか間に合わせたアールものの図面。
店舗の凸型に出っ張った壁面に、180°ぐるっと沿わせる抽斗の地袋。左右のアール部分に抽斗3杯と真ん中に直の抽斗が1杯。


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最初は曲面になっている抽斗の前板も、という話だったが、それは無理!と言ったら、じゃそれはFRPの業者に成形でつくらせるから、
本体と抽斗だけでも、と粘られ、正確な図面をくれるという条件で受けた。
この什器の厄介なところは、アールの途中で中心点が代わってるところだ。端の抽斗部分だけアールがきつくなっている。
こんなアールもの、1mmの誤差で、あとでにっちもさっちも行かなくなる。最初が肝心。慎重に慎重に作図しなければいけない。


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アールは、ルーターをコンパスにして、くり抜く。

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この地板部分に図面通りに原寸で書き写して、抽斗と抽斗の間の三角の方立てを正確に立てなければならない。それも左右まったく対称に。
そこに狂いが出たら、抽斗が納まらなくなって失敗する。正確に書いた原寸図に合わせて寸法と角度を合わせ、左右を完全対称形につくってゆく。
そこのところ、写真撮ってる余裕なかったので、写真ありません。

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天板は失敗は許されないので、中甲板で型板を一枚つくっておいて、トリマーの倣い加工でつくる。
こういう曲者の什器、どうやってつくっていったらいちばんいいのか、最初の作戦で、成否が決まる。



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そうやってできあがったのがこれ。
抽斗の動きもまずまずで、仮前板の納まりもほぼ図面通りにいった。

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この仮前板に曲面の本前板が現場で付けられて完成となる。
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by kobo-tan | 2013-02-23 22:43 | 製作過程 | Comments(0)
2013年 02月 23日

さて、やるか  ・・・という気持ちを起こさせてくれるもの



家具作り、什器つくりの仕事、つくづく「なんちゅう仕事や!」と思う。
二月三月はいちばんの(唯一の?)繁忙期。今月半ばごろからぼくのまわりでも仕事の話が次々と聞こえて来はじめ、
ファックスやメールでこんなのできませんかという図面が続々と届く。聞けば納期は一週間とか十日。見ると棚板何十枚とかつくりやすそうな収納とか、
暇なときだったら、すぐやります!と答えそうなものが並んでいる。やりたいけれども、手は二本、体はひとつしかない。ひと月前に言ってくれれば!と断腸の思いで断ることになる。
仕事を頼む方ももうちょっと考えて、こんな職人の手が空かなくなる時期を選んで発注したりせずに、みんな暇で遊んでる一月とかに出してくれたら、
こちらも助かるし、あちらもやってくれるところがない、と青くならなくてすむし、みんな幸せになるのに、毎年毎年なんで学習しないんだろう、なんて思ってしまう。


どんな組織にもどんなシステムにも保護されているわけではない自営業の個人事業主なんて、仕事が途切れたら失業者みたいなもの。
一方で仕事はいつも平均的に同じ分量で世の中に存在するわけではないので、一年のうちの三分の一は失業者だ。
理想を言えば仕事のある一年の三分の二の労働報酬で親子五人人並みの暮らしができればいいのだけど、当然そういうわけにはいかない。
独立して十年になるけれども、お金の足りた年は一度もない。貯まらず、減るだけ。


どこの国でもそうかもしれないが、日本という国はとくに、組織の力が強い。
なにしろ、長いものには巻かれろ、の国だから、むかしから個の力より、組織の力の方を恃んできた。
だからむかしから、そして成果主義が浸透してきたと思われる現在においてもなお、本人も親も、有名大学に入れるかどうかで右往左往し、
一流企業にはいれるかどうかで一喜一憂する。そこで何をするかよりも、まずどこに入れるかが大きな問題とされる世間の風潮をずっと訝しく思ってきたのだけど、
それは組織の力を恃むゆえだったんだといまになって合点がいく。公務員でも企業でも、しっかりした組織に入って大きな失敗なく無難に務めあげれば、多額の退職金と終身年金が待っている。


お金の話は品がない。だから誰もあまりしようとしない。それは美徳だけれど、毎日切羽詰まったところで生きている人間にとっては避けて通れない。
朝日新聞にいま「限界ニッポン」という特集記事があって、いま社会の底辺で彷徨うひとたちのことが書かれている。毎回この記事は食い入るように読んでしまう。比喩でなく、
この人たちは自分だ、と思ってしまう。他人事ではない。「マクド難民」ということばもここで知った。終夜営業のマクドナルドで、一杯百円のコーヒーで一晩を過ごすひとたちのことだ。
その百円も惜しむなら、派遣先の工場に移動するために乗る私鉄の駅のホームの待合室で寝る。「駅寝」(えきね)というそうだ。
彼らにとって、とにかく体を休めることのできる居場所を確保することは生きていく条件である。駅外や公園では不逞な輩に襲われるリスクがある。だから駅の待合室が開くのを待ってそこで寝る。
しかしそんな生活を続けていては体が持たないから、何日かに一度は、シャワー室のあるネットカフェで一晩を過ごすのが彼らの贅沢であるらしい。


先日の記事に載っていた大阪のその非正規労働者氏は、仕事が減り今は週に三日、月六万円の収入ではアパートは無理、という。
1990年代後半に、財界は「日本型経営の限界」という提言を行い、従来の終身雇用制はこのグローバル経済の中ではもう無理であること、非正規雇用の部分を増やして世界経済の流れに柔軟に対応していくことが必要であることなどを訴えた。(と記事には書いてあった) 組織は、組織の成員に対しては手厚い。非正規雇用者は、ごめん、成員からはずすけど勘弁してね、ということである。正規社員のひとたちは、同じ工場で週三日六万円の収入で働く40歳の非正規労働者のことをあまり考えたくないはずである。無理に意見を求めたら、もしかしたら「自己責任」ということばで自分から切り離すかもしれない。同情したら身が持たないので、彼も同じ人間だ、という感情は徹底的に抑圧されることになるのだろう。


のんびり屋で、少しボーっとしてて、ひとが善く、先々のことを考えるのが不得手で、あまりしゃしゃり出るタイプでなく控えめなニッポンの多くの若者たちには、
かなりの確率でこのような将来が待っている。むしろ、うかうかしていたら必ずそうなる。どこにも入れなかったら、そういうものしか受け皿がなくなってしまうから。
非正規雇用者を雇ったり雇わなかったりすることで何とか生き延びている日本企業があり、そこに雇われることでしか生きるすべのなくなったひとたちがいて、
そういうかれらを平均年収1250万円の朝日新聞の社員記者が取材している。


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きょうはべつにこういうことを書こうとしていたんじゃなくて、急な店舗の仕事を断り切れず、一昨日の晩徹夜して、
きのうも政君に手伝いに来てもらってやっと夜中の12時にできあがり今朝いちばんに塗装屋さんにものを入れてきて、
もう体も頭も疲れきってボロボロなんだけどすぐに次の仕事に入んなきゃなんない。でもどうにも動けない、動く気にならない。
こういうとき、ひとはどうやって先に向かう意欲を、次の行動を起こす活力をえているのだろうか。そういうひとたちにインタビューしてまわりたい気持ちになってしまうのだけど、
きょうはこの動画を見て、さてやるか、という気持ちになってきたということをちょろっと書きたかっただけなのだ。







「拝啓父上様」というドラマの最終回のエンディングに流れた森山良子の「手」という曲と、ドラマのエンドロールである。
見てないひとたちには「なんのこっちゃ」の、見ていたひとたちにはおそらくこころに沁みる動画だろう。

倉本聡が久しぶりに東京・神楽坂を舞台に書いたフジテレビの連続ドラマで、時代の流れで立ち行かなくなっている神楽坂の料亭とそこで働く人々を、そこで働く青年・二宮和也の父親探しを軸にして描いた素敵なドラマだった。倉本聡のドラマでは、かわいいけどいかにも気弱でいまいちパッとしない板前見習いの二宮和也のような青年にも、黒木メイサのようなハッとするような美人の恋人ができる。どんな職業の人でも、それぞれにいろんな問題を抱えていても、みんな今日を懸命に生きていて、その視線に差別がない。そして、この素晴らしかった連続ドラマの最終回のエンドロールは、3か月にわたってそこで描かれたそれぞれのひとたちの人生がそれこそ走馬灯のようによみがえってきて、そこに森山良子の「手」という名曲がかぶさった格別な時間だった。歌の2コーラスめにはいったときに画面がモノクロームに変わって右側に「脚本・倉本聡」からはじまるエンドロールが流れ始める。その瞬間、「ああ、これで終わりだ・・・」という愛惜するような気持ちが溢れる。このままずっと、もっと見ていたかった、そんないいドラマ、いい映画のエンドロールの時間というのは、なんとも捨てがたい。


このドラマが放映されたのはもう6年も前のことだ。
その6年の間に、ぼくらの家族には三女が生まれ、新生児仮死で小児ICUの治療を受け、心臓の心室中隔欠損の手術をし、土地を見つけて家を建て、家具をすべて自分でつくり、長女が小学生になりもうじき卒業、リーマンショック以降仕事が減り、やりくりに苦労し続け、ぼくの腹まわりには肉が付き、子供のころ以来の入院で不整脈を治し、頭の白髪はますます増え、何人かの新しい友達を得、何人かの友達を失った。


エンドロールの最後に出てくる演出の宮本理江子さんは山田太一さんの長女である。この前の「優しい時間」、この「拝啓父上様」、そして翌年の「風のガーデン」とこのころ続いたフジの倉本ドラマは毎回欠かさず録画して見た。そのすべてに宮本理江子さんは演出としてかかわっている。倉本聡のドラマを山田太一の娘さんが演出している、というそのことだけで、ぼくは胸がじーんと熱くなってしまう。
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by kobo-tan | 2013-02-23 00:55 | つぶやき | Comments(0)
2013年 02月 15日

座卓からベンチへ




去年の秋にリフォームの家具一式をやらせていただいた鎌倉のWさんの亡くなられたご主人がずっと以前につくられた
畳一枚ほどの大きな式台風座卓を、三分割してベンチに設えなおした。

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材料はベイマツ。つくられてからすでに何十年もたっているので、天板はヤケてかなり色が濃くなっていて
新たにつけたベイマツの脚と色の差があるけれど、何年か経てば脚もヤケて違和感はなくなるはず。

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マンションの半分のスペースは、美術家だったご主人の作品を飾るためのプチ・ギャラリーになっていて、
この三脚のベンチはそこに置かれる予定。

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by kobo-tan | 2013-02-15 01:45 | 製作例 | Comments(0)
2013年 02月 13日

オレフィン素材の収納



オレフィンフィルムというペラペラの薄い素材を表面に使った家具。
化粧材がオレフィン合板で、小口のテープも0.1~0.2mmしか厚みのないペラペラのテープで、貼る時に慎重に
やっていかないと、貼る面にうっか小さなゴミなどついていたらすぐにデコボコになってしまう。

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余分な幅はテープカッターで、ツーっと切っていく。
フラッシュものの家具は無垢家具と比べるとやはり一種のフェイクなので、小口処理にいつも手間を要する。
基本的に切って貼って、切って貼っての工作の世界で、一皮むけばラワン合板だから、無垢家具のように
アンティークにはならないが、それなりのつくる面白さはある。つくる手順はフラッシュものの方が複雑で頭を使う。
無垢ものが、木を削っていってつくる引き算のつくりなら、フラッシュものは芯材にいろんなものを貼っていってつくる
足し算のつくり。


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引戸と抽斗の収納、すべて鍵付き!

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こちらは三枚引き戸。真ん中の戸の両端にプッシュ錠が付いて扉をロックするタイプ。
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by kobo-tan | 2013-02-13 09:31 | 製作例 | Comments(0)
2013年 02月 07日

ボックスに載せたカウンターデスク




今日、カウンターデスクをつくりたいと考えていらっしゃる方から相談の電話をもらったので、
このブログをはじめる前の年につくらせてもらったカウンターデスクの写真を載せる。

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腰高のオープンボックスにナラの集成材カウンターを載せただけのごくシンプルなもの。ガタつかないように
見えないところでビス留め。左端には天井までの本棚。カウンターはクリア・オイルフィニッシュで、ボックスは
シナ合板のオスモ・ホワイト仕上げ。

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配線孔の蓋も無垢材で手作り。これはウォールナットでやったような気がする。


このお宅、実は鎌倉・長谷のイタリアンレストラン、Manna(マンナ)2階の書斎・事務スペース。
1階のレストランの大きなカウンターや吊り戸棚なんかをやらせてもらったときに、こんな、住まいの部分の家具も
やらせてもらった。

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オーナーシェフの原優子さんはオリジナルなこだわりと集中力で美味しい料理をテキパキとつくってゆく魅力的な人。
マンナのまえのナディアの時代から原さんのお店は人気が高く、ランチもディナーもいつも予約でいっぱいで、
鎌倉にはちょくちょく行くのになかなかお店にお邪魔できない。お子さんを育てながら、その華奢な体と細い腕で
有名店を支え続ける原さん。どうか健康に気をつけてと祈るばかりだ。
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by kobo-tan | 2013-02-07 23:48 | 製作例 | Comments(0)
2013年 02月 02日

取り付け完了





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by kobo-tan | 2013-02-02 01:07 | 製作例 | Comments(0)
2013年 02月 01日

過ぎし日よ、私の





バレエが好きでずっと長く習っている小6の娘を夜迎えに行って家まで届けることにしていて、そのあともたい
ていまた工場に戻って仕事やらなんやらかんやらだらだらやっているんだけど、きのう車の中で娘が、「ほら、
おとうさん、少年時代」「ん?なに、少年時代」「まえ、おとうさんが歌った」「少年時代?・・・そんなん歌ったっ
け?陽水の?」「うーん、いま思い出せないけど、あれ好きなのー。んー、どんなんだったっけ・・・」そんなこと
言いながらしばらく運転してたら思い出した。「ああ、学生時代だろ」「あー、そう!学生時代!」というのでまた
歌ってやった。  ・・・つたの絡まるチャペルで、いのりをささげたひー、夢おおかりしあのころの、おもいでを
たっどっれば・・・

そーそー!と娘は喜び、今度歌詞を書きとるから歌ってというので、1番は覚えてるけど、そのあとは忘れた
から書いてきてやるよ、と工場へ帰ってネットで調べて3番までコピー用紙に書きとって、帰って夜中に机の上
に置いといたら、朝学校に行く前に真ん中の娘と一緒になってさかんに歌って練習していた。

3番まであらためてこの歌の歌詞を聴くと、またあらためてこの歌はいいなあと思えてきた。なんなんだろうな
あ、このよさは。なんのよそおいもせずに口数もすくなく、なんていいなあ。その美しい横顔、姉のように慕い、
なんて、いいなあ。この歌、1964年。その頃にしたって、庶民というよりハイソなお嬢様たちの世界なんだろう
けど、こういう「青春」もなきゃいかんだろ、いや、あるべきだよなぁ。なんかこう、無神経なものにまだ損なわれ
ていない繊細さ、それは時に痛ましくもあるんだけども、やっぱ、あるべきでしょう・・・んなようなことを考えてし
まった。これがなくてなんぞ青春ぞ。






         ○                          ○



でこれを探してたとき、これやっぱロシア民謡風だもんなと、ほかのロシアものも聴きまくってしまった。
ロシア民謡、いいんだなあ、やっぱ。悲しくて。哀しくて。きちんとどこまでもかなしい。うたの王道。
ダークダックスの「ともしび」にはしびれた。








「ともしび」を挙げたらやはりこの歌も挙げたくなってしまう。お母さんがロシア人だった川村カオリの歌を。
彼女は2009年に癌で亡くなった。哀しい歌がよけいに辛い。



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by kobo-tan | 2013-02-01 00:49 | 音楽 | Comments(0)