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2013年 07月 31日

東京物語




d0169209_9384924.jpg沈みゆく船、みたいなことを言うとたいていのひとは引いてしまうか、
暗いとか後ろ向きだとか言って批判されます。ということは、
それが僕らの社会の「社会意識」だということです。

そういうことはあまり考えたくない。いつも前向きでいたい。
目の前のことに集中して、がんばって、何かをつかめ。よけいなことは考えるな。
むしろそれがモラルだったりします。

なにしろ僕らは勤勉な民族ですから、その美徳は昔から今日までずうっと生きている。
そうやってやってきて、いま、僕らはかなり抜き差しならない問題に直面しています。
もう見て見ぬふりはできないところまできている。


僕らはこれまで何を得てきて、何を失くしてきたんだろう。というようなことをよく考えます。ぼくは後ろ向きな人間なので。
で、考えてもそう簡単にはそんなことわからないので、なにかを調べたくなったり、
本を買って読んだりする。それでまたいろんな疑問が出てきます。
答に意味があるというより、むしろ問いに意味があるのかもしれない。
一つだけ言えると思うことは、僕らはずうっと、がんばれば手に入るものに目がくらんで、
気付いてみたら、そう簡単に手放してはいけないものを、やすやすと手放してしまってきたんじゃないか。

これは強く思います。では、そう簡単に手放してはいけなかったものというのは何なのか。
それを考えることが、これから僕らがどうやっていけばいいのか、を考えるよすがになるんじゃないか。


下は、以前、Amazonで小津安二郎監督の映画「東京物語」を買って見たときに、なんかそんなようなことを考えて、
書いたレビューです。


久しぶりにこの映画を見てあらためて感じたことは、挨拶の映画だということ。
小津には「お早よう」という映画もあり、挨拶は彼の映画の特色でもあるのだが、この東京物語でも時候の挨拶から始まって、出迎え、見送り、暇を告げるなどの挨拶の言葉とそれを言う人物の表情とがじつに丹念に描かれている。

小津の映画では人々はただ挨拶を交わしあっているだけで、大事なことは何も話さないといって批判した、のちの松竹ヌーベルバーグの監督たちの言い分もわかるのだが、だからといって小津映画の会話の場面が退屈で空疎な時間かというとそんなことはまったくなくて、小津にはやはり、人は日々の生活の中で挨拶の言葉とともに出会い、別れ、歳をとってゆく、そういう存在なのだという確信があったのだと思う。

あいさつは、自己と他者のあわいの中でおたがいを認め合ったということであり、節度ある共生という小津が好む人間関係の距離感を表現するのにぴったりのものだった。そしてその際の声の調子や表情、気の入れ方を丁寧に描くことで、その人物の性格や、相手に対する感情、その時の気分などもごく自然に表現することができる。小津映画の魅力のひとつは、あえて声高には提示されないそれらのものを読み取ってゆくおもしろさである。

儀礼であり、型であるかもしれないが、多くのひとたちが、その型をまだ必要とし、共有していた時代。ひるがえって、今はどうだろうか。儀礼としての挨拶さえも失われつつある時代ではないだろうか。どんな局面で、どんな言葉を相手に発すればよいのか、私たちはその言葉も作法も知らず、すべてはわれわれの自由に委ねられている。それは幸福なことなのか否か。



そう。小津には確信があったのです。
それはとても大切なことに思えます。
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by kobo-tan | 2013-07-31 10:34 | 社会 | Comments(0)
2013年 07月 30日

沈みゆく船


Facebookに書いた投稿を転載します。


鎌田慧 公式ブログより……

<最近の新聞記事から 働く場の変質>

まず、最初に7月14日付、朝日新聞電子版から、このところ話題になっている「追い出し部屋」の記事。

 「出向という名の「追い出し部屋」 退職拒めば過酷な業務」の見出しで、マンション分譲大手の「大京」を例に、その非人間的な「追い出し部屋の実態」を書いている。
 「大京」は国際金融資本のハゲタカファンドの傘下に入り、リーマンショックで経営危機になって以降、大幅な人員削減を行ってきた。
 社員に営業代行会社のセレブリックスなどにいきなり出向させ、給与は「大京」が支払い、営業代行会社はタダ同然で、自社の電話営業の仕事などをさせる。夕方6時まで、わずかな昼食時間を除いて、ずっと電話をかけさせ続ける。

  
長机に出向社員ら約200人が肩がくっつくほどびっしりと座らされた。「お世話になっております。○○と申します」から始まる電話営業の「台本」が渡され、電話を1日200件かけるノルマが課された。(引用)


 売る商品はたえずかわる。英会話の教材から「マグロ1匹」まで。何でもありの世界だ。長い年月をかけてマンション分譲の営業のキャリアを積み、大京の利潤を生みだしてきた原点であるはずの社員をこうした過酷な業務で絞め上げていく。

  
電話での働きかけがぎこちないと、一回り以上も若いセレブリックスの社員に1時間もなじられる。
  キャリアを積み重ねてきた中堅社員たちが会社の都合でばっさり切られ、退職を拒めば過酷な業務を強いられて使い捨てられる。これまでの人生が否定され、これからの暮らしも見えない。
   「俺たち奴隷かよ」。帰路、何度も線路に飛び込もうと思った。(引用)


 これは、なにも「大京」だけの話ではない。朝日新聞は「追い出し部屋」を設けている企業として、「リコー」「パナソニック(子会社)」「東芝」「ソニー」「NEC(子会社)」「日立製作所」etc.といった日本の代表的な大企業の名を挙げている。

……


働いても働いてもいっこうに暮らしが楽にならない個人事業主はいつもため息まじりにいったいどうしてこんな世の中になったんだろうと考える。でもそれは僕ら日本人が戦後50年以上もかけて、保証、安心、安定、快適を求めて、その他の価値をほとんど無視してアクセル全開でつっぱしってきた結果だから自業自得。社会通念を鵜呑みにし、レールから外れることを恐れ、多数と違うものを差別し、出る釘を打ち、ほとんどみんな出世のみを目標にしてきた「成果」なのだ。だからほとんどのひとが自分がいま属している場所しかいる場所がない。自分の中に自分の価値、自分の世界を持っていない、そのためにそこで自分を否定されると極端に弱い。精神を病み、命を絶つこともある。

そういうありさまに脱力し無力感にとらわれるひとは選挙に行かず、なおいっそうそういう傾向を加速させようとする為政者のやりたい放題。企業・法人は資本主義社会の中で生き残ることのみを目指し、合法でさえあれば、ときには違法すれすれでもそのためには手段を選ばず、会社を動かす立場の人間はますます倫理観を失い、自己責任という社会通念を強いてくる。

かくして人間たちはバラバラ。一見華やかな都会も緑なす田舎ももはやそのじつは砂漠。それもこれもみんな僕らが望んだことなのだ。沈みゆく船。それを誰も止めることはできない。もし日本人の大多数がそれを自覚して方策を考えて、みんながバケツを持って侵入してくる水をかき出し続けたらもしかしたら浸水は止まるかもしれないが、日々のルーティンにあくせくしてるだけしか能のない僕らにはたぶんそんなことは無理だろう。としたら、どこかにあるかもしれない救命ボートを見つけて真っ先に自分がそこに乗り込もうとしている、ってことと同じこと。さて、子どもたちに希望は語れるか?

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by kobo-tan | 2013-07-30 20:14 | 社会 | Comments(0)
2013年 07月 30日

映画「東京原発」




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2004年公開の映画 「東京原発」 では、役所浩司扮する東京都知事が、「東京に原発を誘致する!」と宣言します。
役者も名優ぞろい、勉強にもなって映画としてもおもしろい。このお二人が詳しく解説しています。





この映画、こちらで全編見ることができます。
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by kobo-tan | 2013-07-30 17:25 | 水俣から福島へ | Comments(0)
2013年 07月 30日

タモ格子テーブルと格子椅子



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タモ格子テーブルと格子椅子を納品した。
テーブル……W1200×D900×H700 タモの格子の上にツガ材で作った82mm角のキューブをのせ、さらに8mm厚のガラス天板をのせた。


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格子とガラスの間の隙間にはテレビのリモコンなどの小物や新聞・雑誌などが入れられる。


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大人数で囲めるようにとのことで、3セットを製作。


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40cmほど上がった和室側は、片側のボックス脚をはずして半分畳にかけたり、
両方の脚を伏せて畳センターに持ってきて座卓とすることもできる。


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おうちカフェのテーブルとしても使えそうです。


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STOK furniture の須藤君に作ってもらった格子椅子は、ばらして伸ばすと一脚がそのまま一枚の格子になるようにしたいという
お客さんの要望で頭を悩ませながら作った苦心の作。広げると、800×1000mmの一枚の格子になります。
その広げたところを撮り忘れてきたのが心残りです。

テーブル脚と格子椅子は、オスモウッドワックスオバーク・ブラック。テーブル格子とキューブはオスモノーマルクリアーで仕上げています。
このブラックは、日本の色というシリーズのもので、「墨黒」という感じ。渋いです。
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by kobo-tan | 2013-07-30 00:03 | 製作例 | Comments(0)
2013年 07月 26日

記事ふたつ



世界の紛争地の最前線で武装解除を指揮してきた伊勢崎賢治さん。
文字通り体を張って生命をかけて世界の同志と協力してその難事業に当たってきた。
その彼の護憲論は机上の空論ではありえない。千金の重みを持つと言えないだろうか?


毎日新聞インタビュー記事より……



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特集ワイド:憲法よ 武装解除を指揮した伊勢崎賢治さん
毎日新聞 2013年07月25日 東京夕刊





伊勢崎賢治さん=矢頭智剛撮影


 <この国はどこへ行こうとしているのか>

 ◇「丸腰」は信頼される−−武装解除を指揮した伊勢崎賢治さん(56)

 ◇暴走する国際社会にブレーキをかけられるのは9条を持つ日本しかない

 

東京・杉並の住宅街にある一軒家。伊勢崎賢治さんが招き入れてくれたのは、路地に面した4畳半ほどの仕事部屋だ。雑然と書類が積まれた机に頑丈そうな腕時計が置いてあった。金属のバンドに、小さな丸いメーターのようなものが付いている。

 「これ、方位磁石。ヘリコプターが落ちた時、敵のいる方向に歩いて行ったらまずいから。僕らには必需品でね」

 日本政府代表や国連職員としてアフガニスタンやシエラレオネなどの紛争地に乗り込み、軍閥や民兵から武器を取り上げるDDR(武装解除・動員解除・社会復帰)を指揮してきた。紛争や内戦の最前線を渡り歩いてきた自称「紛争屋」の現実がそこにある。

 腕時計を見つめていたら、なんだか照れくさそうに片付けてしまった。

 以前から「憲法9条は変えるべきではない」と発言してきた。近年その思いを強くしている。

 「日本にいると、あまり実感できないと思いますが、9・11以降、国際社会で集団的自衛権を巡る状況がかなり変化しています」。米国を中心とする対テロ戦争の長期化に伴い、集団的自衛権が行使されるケースが増えているという。北大西洋条約機構(NATO)などの同盟国が人道主義を大義名分に「悪い政権」を転覆させる。2011年、リビアのカダフィ政権が倒れたのはその典型だ。

 「国連が紛争防止や調停に乗り出す前に、いきなり伝家の宝刀を抜くようなもの。僕はこれが非常に気持ち悪い。こういう狂気に日本が巻き込まれるのが嫌なんです。暴走する国際社会にブレーキをかけ、世界に正気を取り戻す国が一つくらいなくてはいけない。それは9条を持つ日本しかない」

つづきはこちら……

  

          ■


いっぽう、この方。
戦争も歴史も憲法の本質もよく理解しておられないこの方は、いよいよ日本という国を壊しはじめるおつもりのようである。



中日新聞 7/23付記事より……

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安倍政権、武器輸出に新指針検討 禁輸三原則「撤廃」も
2013年7月23日 05時16分



 安倍政権は22日、武器禁輸政策の抜本見直しに向けた議論を8月から本格化させる方針を固めた。新たな指針の策定により、従来の武器輸出三原則を事実上「撤廃」することも視野に入れている。安倍晋三首相は撤廃に前向きという。政府筋が明らかにした。

 防衛省は26日にも公表する新防衛大綱の中間報告に新指針の策定方針を盛り込む方向だ。冷戦下で共産圏への技術流出を防ぐ目的の三原則が、武器の国際共同開発が主流の現状にそぐわないとの判断からで、野田民主党政権が進めた禁輸緩和をさらに徹底する。国内防衛産業を育成する狙いもある。





         伊勢崎さんを内閣参与にするような度量と国際感覚は…… このひとにあるわけないか。
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by kobo-tan | 2013-07-26 17:58 | 社会 | Comments(0)
2013年 07月 25日

いったい何が問題なのか?




今日はまじめな話です。

ビデオニュース・ドットコムを見はじめてから宮台真司さんのyoutubeの動画を見るようになって、見つけたのがこのセミナーです。















この3本の宮台さんのお話は非常に勉強になりました。

毎日仕事をし生活していて、あるいは新聞などから世の中の動きをながめて、
あるいは街を歩いたりひとと話をしてて、あるいは選挙の結果を見て、
どうしてこうなんだろう、どうして僕らはこうなんだろう、どうして日本の社会はこうなってしまうんだろうと思ってきたことの、
大きなヒントが、考え進めるための示唆があります。


モンスタークレーマーに表れているように、僕らは昔よりもいっぱしに賢くなったつもりでいるけれども、実際はその逆で、
賢くなった気でいるだけ始末が悪い。僕ら(日本人)は、大切なことから逃げ続けている人間たちであることは昔から何ら変わっていません。
みんな賢くなった気でいるから啓蒙なんて言葉はもうあまり目にしないし、宮台氏のように語るひとはかえって上から目線だなんて非常に反感を買ったりするけれども、
そんな反応をしてるかぎりいっこうに僕らは賢くなれない。愚かなまんま。
宮台氏はあえて反感を買う啓蒙の役回りを一貫して引き受けてくれてると思います。


震災から2年で、どうしてこんなにあっさりとあの悲劇を忘れることができるのか?
どうして原発をやめる方に舵を切ることができないのか。
新聞やテレビは、日本人はこんなに豊かになったのに幸せになれないのはどうしてでしょうなんてことをバカのひとつ覚えみたいに言うだけで、
言葉がいっこうに積みあがっていかないのはなぜなのか。
僕らがウインブルドンの表彰式みたいな洗練されたセレモニーをいまだに行えず、アンディ・マリーみたいな人間的なスピーチをすることができないのはなぜなのか。
日本人が「自分の言葉」を持つことができないのはなぜなのか。


もう僕らはいいかげんに、自分が幸せになろうとしても自分は幸せにはなれない、ってことに気付いてもいい頃だと思います。
とくに、バカみたいに同じ問いを繰り返すマスコミの能天気なひとたちは、ね。
でないと僕らはいつまでたっても、普遍性というものを獲得できません。
普遍性というのは、世界のどんな国の人と話をしても、通じる言葉、っていう意味です。
英語とか日本語とか、そんなことを言ってるんじゃないですよ、もちろん。



人間は一人では生きられない、ということのほんとうの意味、
人間には他者が必要だということのほんとうの意味は、そこにあります。
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by kobo-tan | 2013-07-25 22:29 | 社会 | Comments(0)
2013年 07月 24日

崖っぷちの感覚


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昨日の朝日にノンフィクション作家の星野博美さんが書いてた記事が面白かった。


こんな記事。





暑さは克服できないんだから 恐ろしさ知り、だらだらと



 暑い。近所の人とすれ違えば「暑いですね」と挨拶(あいさつ)し、人にメールを送る時も「猛暑の折」とつい打ってしまう。そのたびに頭がいっそう暑さに支配される。

 私が住む戸越銀座の喫茶店やファストフード店は、蒸し暑い自宅から避難してきたお年寄りで満杯だ。

「この間、応援演説で首相を見かけたよ」

「首相って誰だっけ?」

「あれだよ、あれ。アベノミクスの」

「アベシンノスケだ」

「そりゃあジャイアンツのあれだろ。あれだよ、アベ、アベ……」

「アベシンタロウ」

「そうそう、アベシンタロウ」

 お年寄りたちの会話も、暑さのためかピンボケになっている。僭越(せんえつ)ながら会話に割り入って正しい情報を伝えようかと一瞬思う。しかし暑くて、そんな気力もない。

 私は中国返還前後の2年間、香港で暮らしたことがある。亜熱帯性気候に属し、東京より人口密度が高く、室外機から水が雨のように落ちてくる大都会、香港の夏は、東京のそれより厳しかった。近所のおじいさんは本物のパンツ一丁で歩いていたし、労働者の兄さんたちはランニングシャツを乳首までまくり上げ、腹と入れ墨丸出しでバスや地下鉄に乗っていた。魚屋や肉屋の男たちは、老いも若きも、痩せていようが肥えていようが、上半身裸で魚や肉と格闘する。屋台が路上にたれ流す食べ残しや汚水は、強烈な日差しにさらされてたちまち腐臭を放ち始める。香港の夏といって思い出すのは、路地に漂う異臭と、男たちの肌にびっしり浮かぶ汗の玉なのだ。

 夏にバカンスを楽しめるのは限られた人たちだけで、大部分の人は暑さから逃れることができない。唯一できるのは、受け入れ、恐れ、順応することだ。それが香港では、汗や外見のだらしなさを恥じないことや、炎天下では極力行動せず、明け方や夕暮れ以降に街へ繰り出し、だらだらどろどろ、たいがいに過ごすことだった。

 暑さを甘く見れば、たちまち反撃されて痛めつけられる。その恐ろしさを体に叩(たた)きこまれた。

 私は香港で暑さをのりきる術(すべ)を習得したが、ここ数年、東京の夏を辛(つら)く感じ始めている。辛いのは暑さより、暑さを克服しようとする文化なのだと思う。

 腐臭のしない路地。清潔な衣服を身にまとい、酷暑の中でいつも通り勤勉に働く人々。ドラッグストアの店頭でおどる制汗、即感クール、デオドラント、涼感、崩れにくい、皮脂吸収、の文字。虫来るな、汗出るな、臭うな、日に焼けるな、化粧は崩れるな、といった「夏は拒否!」のメッセージ。その一方では熱中症になる人があとを絶たない。

 暑さは克服できない。抵抗しようとすればするほど牙を剥(む)く。私たちはそろそろ、夏の恐ろしさを体で学ぶ時期に来ているのかもしれない。汗をかいたって臭ったって、少しぐらい怠けたっていいじゃないか。ピンボケになってもかまわない。たいがいな人が巷(ちまた)に増えたら、今年の酷暑をもう少し楽に過ごせそうな気がするのだ。

 

    ◇



なんとも小気味良い文章。
このひとの本まだ読んだことないけど、そういえばかなり前にうちの山の神が、これめっちゃ面白いと言いながら写真の本「転がる香港に苔は生えない」を読んでたことを思い出した。


新聞って、新聞社にいっぱい新聞記者がいて、論説委員もいて文章書ける人いっぱいいるのに、こういう、外部の人の投稿記事がたくさん載ってる。それはもちろん原稿料払って載せてるわけで、こっちは高い購読料払ってんだからがんばって自前で記事書いて少しは購読料安くしろよと言いたいとこだけど、でもちょっとまてよ、社員記者の書いた記事で埋め尽くされた新聞なんてはっきり言って読みたくないよなと思いなおす。そんなもん、はっきり言って面白くないのだ。


40歳で1250万円ももらってる社員記者に星野さんみたいな文章が書けるわけがないのだ。
なんていうのかな、崖っぷちにいる感覚を持ってる人でないとこんな文章は書けないのだ。星野さんの文章は、行間のすべてから、明日なんてどうなるかわかったもんじゃないよ、っていうささやきが聞こえてくるようではないか。
正社員でともかく高給を保証され、会社の都合で安易にクビにすることはできなくて、定年まで勤めあげれば高い年金で死ぬまで安心、となれば、とりあえずへまやってクビにならないように無難にやっとくかって気にたいがいの人間はなるに違いなく、そういう精神状態でおもしろい文章なんて書けるわけがないのである。昔は朝日にも本田勝一みたいなひとがいたけど今はそんな傑物はいそうにない。


アジアに長く住んで腹の底からアジアってものをわかってる星野さんは、東京が住み辛そうだ。われはれはどうがんばってもヨーロッパにはなれないのに、うわべだけ何とかとりすましてヨーロッパに近づこうとする。わたしたちは中国や韓国みたいなアジアじゃないのよなんてどっかで思いたいのかもしれない。でもそれってやっぱり、無理してることに違いない。そんなにすましたって、ここはやっぱり蒸し暑いアジアなのだ。ねえ、わたしたちって、なに様なのよ、って言いたくもなる。「自分」ってものをよくわかってない人間たちなんだ僕らは、っていう自己認識くらいは、冷静に持っていたいよねえ。
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by kobo-tan | 2013-07-24 13:41 | つぶやき | Comments(0)
2013年 07月 23日

満島ひかり 役者魂





人間ひとりひとり 自分の中の葛藤があって、
いろいろ生きてる姿があって、
なんかそういうものを映し鏡のようにできる
役者であればいいなあと・・・・






世界中の 街中にあふれてる いろんな人の 届かない気持ちを
がむしゃらに届けられる役者でありたいなと 思っております。
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by kobo-tan | 2013-07-23 19:11 | 映画・ドラマ | Comments(0)
2013年 07月 23日

「水俣病・支援者たちの闘い」


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TBS報道の魂 7/14放送 「水俣病・支援者たちの戦い」


RKK熊本放送 井上佳子ディレクターへの手紙



井上さん、DVDありがとうございました。見ました。
いかんせん時間が短いので井上さんも言い足りない思いがしたと思いますが、僕は以前から支援者のひとたちのことを知りたいと思っていたので、とてもよかったと思う。FBでよく目にしていた高倉草児さんやガイヤ水俣と、お父さんの高倉さん、相思社が繋がりました。支援者の方たちは縁の下の力持ち的存在でいままであまり取り上げられることがなかったと思うんだけど、僕はこの方たちはほんとうに偉いと思うし、頭が下がります。支援者の方たちがもしいなかったらと思うと、ぞっとするんです。


この人たちは、その前に立った時、黙って立ち去ることができなかった人たちですよね。水俣には地縁も血縁もないのに、その前に立った時に放っておけないと感じ、自分のやるべきことがあると考えて骨をうずめてゆくわけですよ。その志と、それを支えるバイタリティー。自分の生活のことは二の次で、支援を続けながら精力的に働き、甘夏をはじめてそれを継続し畑を広げて、素晴らしいまっすぐな子どもさんを二人ももうけてともにはたらいておられる。東大卒の肩書なんかどぶに捨てても構わないその心意気。


水俣のほとんどの市民が、自分らの生活を優先して、チッソという「お上」にしがみついて、漁民のひとたち、患者さんたちを見捨てたのに、彼らは、食っていくこと、将来のことなんか度外視して、患者さんたち、漁民のひとたちを助けようとする。いまだに親の脛かじっているオレみたいなへなちょこには逆立ちしたってできないですよ。水俣に移り住んで一人芝居を続けられた砂田明さん、水俣を撮り続けた土本典昭さん、亡くなられた原田正純先生にしても、別にすぐ立ち去っても誰からも非難されないのに関わり続けてこられて、彼らがメディアとなって、水俣の外部のたくさんの人たちの関心と結び付けて、水俣病事件はなんとかバランスを保ってこられたと思うんです。水俣の市民感情としては、ずっと彼らのことを煙たがって、頼むからもうあまり騒ぎを大きくしないでくれという感じだった。水俣市民は、加害者であるのに、被害者意識がありましたから。水俣から外に出た人で、出身が水俣とわかっただけで、縁談が壊れたという話はたくさんありました。外で水俣出身と話すとヘンな目で見られるんじゃないかという怖れをみんな持っていたと思います。僕も、済々黌に行ってから後かなり長く、出身地を言う時に負い目がありましたから。


東島大さんのNHKのドキュメンタリーのことをブログで紹介したら、また前のメールに書いた原田和明さんから見ましたというコメントをいただいて、原田さんが市民の謝罪ということについて書いておられたので、その辺のことをやりとりしました。
つくりものがたり「日本人は何をめざしてきたのか」
このコメントの欄を見てください。


原田さんも僕も、公式発見から12年もの間、みんなわかっていたのになぜ排水が放置されたのかということがとてもひっかっていて、そこのところにはやはり、自分の小さな生活のことしか考えられなくて、国と会社に巻かれ続けたチッソ社員を含む市民のあり方が大きかったと思うんです。みんな逃げていたと思う。僕は父とも母ともこんな話はしたことないし、両親はもう高齢ですが、これからもしないと思う。しても心理的に拒否されると思うし、彼らとしてはしたくない話なんです。それはやっぱり、正面から向き合わないで逃げてきたから、その話をすることはそれを暴くことになるから、もう蒸し返したくないのです。


僕は、細川一院長がネコ実験をやられたチッソ附属病院で生まれました。長くなって申し訳ないです。今日はこの辺で終わります。この件についてまた何か考えたらまた書きたいと思います。
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by kobo-tan | 2013-07-23 13:10 | 水俣から福島へ | Comments(0)
2013年 07月 21日

タモの格子





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二枚ホゾで差し込みます。



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ちょっと変わったテーブルになる予定
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by kobo-tan | 2013-07-21 23:06 | 製作過程 | Comments(0)