つくりものがたり

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2013年 08月 27日

夏休み、そして一冊の本


明日8月28日から30日まで夏休みをとります。
藤沢市が運営している山荘みたいな旅館が長野八ヶ岳にありまして、ひと月くらい前に電話してみたところ、
この3日間がぎりぎりで取れたのです。
今日は夜まで工場にいますが、次に出てくるのは8/31(土)なので、仕事関係の連絡はまた土曜日からにお願いします。
Eメールとfacebookの受信も工場のパソコンでしかできませんので、あしからずご了承ください。


8月はなんだかずっと忙しかったのですが、現場組み立てのパーツ製作や、キッチンの扉のみ新規製作交換、
あと打ち合わせなどが続いて載せられる写真がありません。次のマンションリフォームの下駄箱とキッチンカウンターは、
まだパネルを練ってる状態。


Hey, what's up? と訊かれて
Oh, you know, the usual. と答えるのも芸がないので、
・・・・・友人の書いた、むかし三池炭鉱で働いていたひとたちについてのルポルタージュを読み終えて感想を送った。
・・・・・ぼくにとっての今年初めての飲み会に先日参加して新しい人たちと知り合った。
・・・・・またひとつ歳をとった。
こんなところでしょうか。


むちゃくちゃな暑さは、さすがにピークを過ぎたようです。
夏休み終わったら、お待ちいただいてる方をあまりお待たせしないように、またせっせとがんばります。




追記 1)
友人の本は、こころのこもったとてもいい本でした。
人を思いやるということの大切さをあらためて感じさせてくれました。

三池炭鉱「月の記憶」  そして与論を出た人びと / 井上佳子

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追記 2)
アマゾンに書いたレビューを転載します。


思いやる心 2013/8/27
By hide

男の書き手のルポルタージュでは、どうしてもなにかをあばこうとしたり、自分の「理」に走ってしまいがちだけれど、
この本の著者、井上佳子さんの優しい筆致は、話をしてくれる元炭鉱夫の方々への思いやりにあふれています。
まず自分を空っぽにして謙虚に話を聞く。そして相手の人生を思いやる。それから、うかがった話をずっと忘れまいと思う。
そういう井上さんの変わらない姿勢がこの丁寧につくられた取材記録に、あたたかさと重みを与えています。
だんだん井上さんの目となり耳となって、自分もその場で話を聞いているような感覚になってくる。
人間に寄り添ったとても素敵な記録です。

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by kobo-tan | 2013-08-27 11:42 | つぶやき | Comments(0)
2013年 08月 24日

渡辺京二さん





ほぼ半世紀以上ものあいだ、石牟礼道子さんを公私に渡ってサポートし続けておられる熊本在住の歴史家、渡辺京二さん。
僕はこの方のべらんめえ調の物言いが大好きだ。
維新後にフランス人ブスケの見た日本人労働者の姿は、そのままいまの自分の姿だ。
ということは、オレはまだかろうじて自分の時間の主人公である。これを手放してなるものか。




朝日新聞8/23朝刊より

インタビュー
    生きづらい世を生きる



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「江戸時代に生まれ、長唄のお師匠さんの2階に転がり込んで、戯作(げさく)でも書いていたかったねえ」=松本敏之撮影
 幕末維新のころ日本に滞在した外国人の訪日録を集め、近代化以前の社会の実相を明らかにした「逝(ゆ)きし世の面影」が12万部を超すロングセラーになっている。異邦人の目に映ったのは、幸福と満足にあふれる当時の日本人の姿だった。その後、私たちは何を失ったのか。なぜ生きづらい世になったのか。著者の渡辺京二さんに聞いた。


 ――「日本に貧乏人はいるが貧困は存在しない」という外国人の言葉が強く印象に残りました。

 「明治初期に東大に招かれた米国の動物学者モースの言葉ですね。彼の念頭にあったのは、19世紀末の当時、欧米の大都会でみられた労働者の打ちひしがれた表情です。すでに資本主義が始まっていました。貧困によって人間の尊厳まで否定される絶望。『人生の敗者』を思わせる不幸。そういったものが刻み込まれた貧困の表情が日本の貧乏人には見られない、と驚いたのです」

 「江戸には膨大な数の貧乏人がいたんですよ。でも彼らは、それぞれ居場所をもっていた。たとえば、煙管(きせる)にヤニが詰まりますね。それを掃除する仕事が職業になる。それで食べていける。そのかわり粗末な長屋暮らしですよ。家具もほとんどない。しかし、そんな貧乏人が食事になると美しい食器を使う。その美意識にも外国人は驚いたんです。しかも親はしつけで子をたたかない。『子どもの楽園である』と」

 ――日本も日本人も、大きく変わってしまったんですね。

 「維新後に司法省顧問に呼ばれたフランス人のブスケは、日本の労働者はちょっと働いたらすぐタバコ休みにする、これでは近代産業を移植するのは無理だと考えた。当時の日本人はまだ、自分が時間の主人公だったんですよ。地固め工事のヨイトマケをみたモースも、日本の労働者はまず歌い、それから滑車の綱を引くと。なんで労働の手を休めて歌うのか、不思議に思うんです。要するに労働は資本主義の賃労働と違って、遊びと分離されておらず、楽しみが含まれていた。そういう非効率なものを排除していったのが近代化だったわけです」

 ――まるでメルヘンの世界ですが、そんな時代を取り戻そう、という趣旨で本を書かれたのですか。

 「違います。一度失った文明は取り戻せるはずもない。それに、こういう特質は資本主義が始まる前の中世の欧州にもありました。欧米の観察者が日本で見いだしたのは、古き良き欧州も持っていた前近代社会の良さだったのです」

 「私たちは彼らの観察を通して、近代化で失ったものの大きさ、豊かさを初めて実感できます。いま私たちが生きている近代文明の本質も見えてくる。たとえば、いくら江戸時代がいいといっても当時の平均寿命は今の半分以下だったんだぞ、という批判があります。でも、その前提にある『寿命は長ければ長いほどいい』という価値観が、すでに近代の発想なんです。人は時代に考えを左右される。その思考枠に揺さぶりをかけ、いまの社会のありようを相対視したかったのです」

    ■     ■

 ――では現代はどう見えますか。

 「あらゆる意味づけが解体され、人が生きる意味、根拠まで見失って、ニヒリズムに直面しているのではありませんか。だから合理的に働き、合理的に稼ぎ、合理的にモノを買って遊ぶ。グルメや温泉巡り、ゲームがはやるわけです。稼いで遊び、遊ぶために稼ぐ。それが人生だと。それで済む人もいるでしょう。でも人間はいつまでもは満足できない。そのうち空しくなる」

 ――生きづらい世の中になってしまったのは、なぜでしょう。

 「根本には、高度資本主義の止めどもない深化があると思います。基礎的な共同社会を、資本主義は根っこから破壊してしまうんですよ。たとえば江戸の長屋だったら、お隣さんに『悪いわね』といって子を預けて外出できた。ところが今は、お金を払ってベビーシッターを呼ぶ。つまり共同社会では無償で支え合ってきたものを、資本主義社会は商品化してしまうわけです」

 「お金を払えば済むわけですから便利ではあるんですよ。だけど人間はバラバラになってしまう。資本主義は一人一人を徹底的に切り離して消費者にする。その方が人はお金を使いますから。生きる上でのあらゆる必要を商品化し、依存させ、巨大なシステムに成長してきたのです」

 ――でも、私たちはそれによって経済的繁栄を手に入れたはずです。

 「その通りです。何よりも貧しさを克服した。人類は長い間、衣食住の面で基本的な生存を確保できず、初めて手に入れたのが近代ですから。しかし、近代は人間を幸せにすることには失敗しました。人間に敵対的な文明になってしまった」

 「昔は想像もつかなかったほどの生産能力を、私たちはすでに持っているんですよ。高度消費社会を支える科学技術、合理的な社会設計、商品の自由な流通。すべてが実現し、生活水準は十分に上がって、近代はその行程をほぼ歩み終えたと言っていい。まだ経済成長が必要ですか。経済にとらわれていることが、私たちの苦しみの根源なのではありませんか。人は何を求めて生きるのか、何を幸せとして生きる生き物なのか、考え直す時期なのです」

    ■     ■

 ――人が生きていくうえで、大事なことは何だとお考えですか。

 「どんな女に出会ったか、どんな友に出会ったか、どんな仲間とメシを食ってきたか。これが一番です。そこでどんな関係を構築できるか。自分が何を得て、どんな人間になっていけるか。そこに人間の一生の意味、生の実質がある。本来、生きていることが喜びであるべきなのです。日本がGDPで世界2位か20位かは関係ないんです」

 「どんな社会を構築していくべきか。そのヒントが江戸時代にあります。皆が1日5時間働いて、ほどほどの暮らしができないかとか、労働自体の中に楽しみがあり、仲間との絆が生まれる働き方ができないかとか。もちろん直接の応用はできませんよ。経済も社会も大きく変わっていますから。でも、社会に幸福感を広げるにはどこを目指せばいいのか、その手がかりはある」

 ――しかし現実には、低賃金の長時間労働、非正規雇用が増え、独身率も高まって若い人は大変です。

 「就職難で『僕は社会から必要とされていない』と感じる若者がいるらしいねえ。でも、人は社会から認められ、許されて生きるものではない。そもそも社会なんて矛盾だらけで、そんな立派なものじゃない。社会がどうあろうと、自分は生きたいし生きてみせる、という意地を持ってほしいなあ」

 「『自己実現』という言葉に振り回されている気もしますね。それは、ただの出世の話でしょ。社会規範にうまく適合し、基準を上手にマスターし、高度資本主義に認められたステータスに到達したというだけのこと。自分の個性に従って生きれば誰しも自己は実現されるんです。あんなものには惑わされない、しっかりとした倫理観と堅実な生活感覚をもった民衆像が日本にはあるんです。藤沢周平の小説にみられるような豊かな庶民生活の伝統が」

    ■     ■

 ――ご自身はずっと熊本ですか。

 「僕は小学4年から今の高校1年まで旧満州の大連で育ったの。戦後、着の身着のままで熊本に引き揚げてきて、バラックの六畳間に7人暮らし。17歳で共産党に入り、結核にもかかって、まともな就職なんかできなかった。それでも僕は生き延びてみせると思ったし、生き延びてきた。ソ連の戦車がハンガリーの街頭で民衆に砲口を向けた時点で、党とはさっぱりと切れましたが」

 「人は何のために生きるのかと考えると、何か大きな存在、意義あるものにつながりたくなります。ただ、それは下手するとナチズムや共産主義のように、ある大義のために人間を犠牲にしてしまう危険がある。人間の命を燃料にして前に進むものはいけません。その失敗は、歴史がすでに証明しています」

 ――若い世代にアドバイスを。

 「人と人の間で何かを作り出すことですよ。自分を超えた国家の力はどうしても働いてくるんだけど、なるべくそれに左右されず、依存もしない。自分がキープできる範囲の世界で、自分の仲間と豊かで楽しい世界を作っていく。みんなで集まって芝居を作ってもいい。ささやかに食っていける会社を10人ぐらいで立ち上げてもいい。僕も熊本でずっと、仲間と文学雑誌をつくっては壊し、つくっては壊ししてきたんです」

 「ただ、基礎的な社会にだけ生きて国家のことは俺は知らないよ、ということはできない。国民国家のなかに僕らは仮住まいしていて、大家には義理がありますから。だけど、それはあくまでも義理。義理は果たさねばならないが、本心は別のところに置いておきたいものです」

    *

 わたなべきょうじ 30年生まれ。日本近代史家。著書に「北一輝」「評伝 宮崎滔天」「近代をどう超えるか」など。10年に「黒船前夜」で大佛次郎賞受賞。

 
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by kobo-tan | 2013-08-24 12:36 | 社会 | Comments(0)
2013年 08月 08日

沖縄の今





8月7日 朝日新聞社説より


(社説)米軍ヘリ墜落 大惨事への警鐘とせよ

 沖縄県の米軍基地キャンプ・ハンセン内の山中に米空軍の救難ヘリコプターが墜落し、現場から乗員とみられる遺体が見つかった。

 県民への被害は確認されていないが、近くには民家も高速道路もある。ひとつ間違えば大惨事になるところだった。

 全面積の2割近くを米軍施設が占め、軍用機が飛び交う沖縄本島だ。住民が危険と背中合わせでいることが、改めて浮き彫りになった。

 仲井真弘多(ひろかず)沖縄県知事は上京して、小野寺防衛相らに事故の原因究明と再発防止の徹底を要求した。

 安倍首相はじめ日本政府から同様の要請を受けた米側も、事故を起こしたヘリと同型機の飛行を取りやめ、新型輸送機オスプレイの普天間飛行場への追加配備を遅らせた。

 これを一時しのぎに終わらせてはならない。

 沖縄県民の不安や憤りは、ふくらむ一方だ。

 昨秋のオスプレイ配備には、県内の41市町村すべてが反対した。そうした声は聞き入れられなかったうえに、夜間や人口密集地上空などでの飛行制限に関する日米合意も、有名無実であることがはっきりした。

 昨年末までに318件の合意違反があったという県からの指摘に対し、防衛省は先月、「違反は確認できない」と一蹴した。いったい県民と米軍のどちらを向いているのか。

 一方、首相や防衛相がことあるごとに繰り返す沖縄の「負担軽減」は、遅々として進んでいない。

 県民にしてみれば、オスプレイの追加配備で、騒音被害や危険ばかりが積み重ねられているというのが実感だろう。

 そんなさなかでの墜落事故である。日米両政府は、小手先にとどまらぬ真摯(しんし)な対応をしなければならない。

 まずは今回の事故の原因究明だ。操縦ミスなのか、機体の不具合なのか、あるいは訓練のやり方に無理はなかったのか。それを踏まえた納得のいく再発防止策が必要だ。

 オスプレイについても、「可能な限り」といった留保条件だらけの日米合意を見直す必要がある。いくら県や地元自治体が訴えても、聞く耳を持たぬという態度では、かえって政府への不信を強めるだけだ。

 万一、住民に被害が出るようなことになれば、日米安保体制にとっても致命傷になる。

 そんな悲劇を決して招いてはならない。今回の事故を、その警鐘と受け止めたい。




オスプレイ配備には沖縄の全41市町村が反対しています。
それに対して、米軍も日本政府も完全無視、強行配備を行おうとしています。
オスプレイは低空飛行しただけで真下の大木が爆風でなぎ倒されるほど危険なのです。
これは完全な、沖縄のひとたちへの差別。戦争の頃からずっと僕らは、沖縄のひとたちの苦しみと引き換えにのうのうと暮らし、甘い汁を吸い続けてきました。今、とりあえずオスプレイを配備させないためにはどうしたらよいのか。自民独裁政治になりつつある国政に対して、どうしたらそれができるのでしょうか?できることがあれば何でもしたいと思っています。どうしたら、国の方針を変えさせる方へ動かすことができるのでしょうか。署名?口だけじゃない行動は、どうすればいいのか、恥ずかしいけど分かりません。誰か教えてください。
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by kobo-tan | 2013-08-08 20:35 | 社会 | Comments(0)
2013年 08月 06日

役を生きること




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仕事を仕舞ってから少しずつネットで見ていた2年前のドラマ「それでも、生きてゆく」を、昨日見終わった。


重い主題。
一線を二度まで踏み越えてしまう青年の引き起こす嵐に翻弄され続ける二つの家族と、
加害者の妹と被害者の兄の間に生れてゆく心の絆を描く。

テレビでこんなにも集中させられてしまうドラマはそうあるものではない。
ひとつのシーンをじっくりと時間をかけてつくり上げてゆく脚本・演出も立派だけれど、
これはもう役者のドラマというよりほかはない。

大竹しのぶは貫録、瑛太は善戦、ほかの役者もみな集中度高く素晴らしいけれど、
ぼくはただひたすら満島ひかりが見たかった。


そんなやつはいないよ、という見方がある。
また、こういう人間もいるかもしれない、という見方がある。
どちらの見方をするかは見る方の性格や気分にかかっているともいえるが、
どちらの見方が世界をより豊かにし、広げてくれるか。
フィクションであるドラマは、どれだけ多くの人に、こういう人間もいるかもしれないと思わせることができるか、
そこにその成否がかかっていると言える。

少し大げさに言うと、満島ひかりは、演じるというより、役を生きようとしている。
そうすることで、遠山双葉という人物をこの世界に生れさせようとしている。
そういう気迫を感じる。
それだから、こちらに批評する暇を与えない。 何も考える余裕もなく見続けてしまうのだ。


最終話。
遠山双葉は、深見洋貴とともに暮らしていくことができないわけをこんなふうに言った。


なんであなたが背負うんですか? あなたが、引き受ける理由、ないでしょ?

……あります。    へんな、理由でもいいですか?   あ、でも、 ほんとうの気持ちの理由です。

……なに?

まじめに生きたいんです。   まじめな人でいたいんです。    甘えたくないんです。

そんなの理由になんないです。

わたしにはなるんです。



こんなふうに言って、そういう未来を選んでしまう人間は確かにいる。げんに遠山双葉がここにいるから。
満島ひかりは役を生きる。わたしが、生きているのだから、双葉はいる。 その気迫は半端な批評を許さない。



最終話はここです。 第一話からすべて見ることができます。
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by kobo-tan | 2013-08-06 19:45 | 映画・ドラマ | Comments(0)
2013年 08月 04日

マタイ受難曲





ちょっと疲れたので冷房休憩でイスに座って、何の気なしにyoutubeで小澤の「マタイ受難曲」第1曲:6分55秒を見た後、
聴き比べてみようとリヒターの1971年録音のDVDからの動画に移ったら、これはいけない、だんだん気が遠くなってきた。


一部・二部合わせて3時間16分49秒。
イエスと弟子たちとの最後の晩餐からユダの裏切りによってイエスが捕えられカヤバからピラトのもとへ引きまわされたあげく、
ゴルゴダの丘で息を引きとるまでの物語を、大編成の合唱隊がまさに朗々と歌い上げる。


これはもう理屈でどうのこうのいえるようなものじゃない。
どうしてこういうものが生まれてくるのか!?
これはなんというか、ただもう、こういう曲が存在している、っていうことの凄さ!
しかも一瞬たりとも気を抜かない、情熱と気迫に満ちあふれた音楽と演奏と歌、まさにpassion !









追記 1)
しかし、1971年当時のこの全曲演奏の映像。こんなものがよく残っていたものだ。
きれいな映像だし、数台のカメラで撮ってちゃんと編集されているし、記録映画として撮られたのだろうか。
まさか、TVでえんえんとこれを流したんだろうか。
しかし、ヨーロッパは日本とは違う。ベルイマンの「ある結婚の風景」がTVで高視聴率をとるようなところなのだ。
リヒターの演奏がこのクオリティで残っていることは、やっぱりヨーロッパの凄さだ。



追記 2)
リヒターの前には指揮台がない。 まさか3時間ぶっつづけで収録したわけでもないだろうが、(したのだろうか?) 
彼はこれをすべてどのパートも何もかも暗譜しているのだ。 ま、彼にしてみれば当然のことか。
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by kobo-tan | 2013-08-04 00:40 | 音楽 | Comments(0)
2013年 08月 02日

交響曲第7番





ベートーベン作曲 交響曲第7番。
曲の素晴らしさはさることながら、演奏も、映像も、若い演奏家たちの表情も、すべて素晴らしかった!
ヘッドホンをして聴き入ってしまいました。 いろんなことを考えながら。
やっぱりべートーベンはすごい、とか、この構成力、いったい何種類の楽器の、そのまた何種類のパートを書き分けてるのか、とか、
オーケストラはものを言わない(言葉を封じられてる)ところがすごい、とか、そこがバレエに似てるとか、音楽には神様がいる、とか。

みんな若いけれど、ここまで来るにはみんな少なくとも10年以上の勉強と稽古と努力と集中が、しかも才能の上に重ねられてると思うと、
うーん、やっぱりすごいことです、これは。

ぜひ、HDにしてフルスクリーンで見て下さい!




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by kobo-tan | 2013-08-02 23:06 | 音楽 | Comments(0)