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2014年 02月 05日

それでも日本人は「戦争」を選んだ




昨日の朝日夕刊、池澤夏樹のコラム「終わりと始まり」より…

……中国政府が、安倍首相の靖国参りはドイツの首相がヒトラーの墓に詣でるようなものだと言った。もちろん間違い。ドイツ人はヒトラーの墓を造らなかった。今に至るまで徹底してあの男を忌避している。彼の罪について再考の余地はない。

 だからこそ、この重ね合わせは効果的だし、きついのだ。

 それを承知の上でまだ安倍首相が同じような発言と行動を繰り返すとすれば、彼は本当にどんどん薪を積んでこの国を戦争に引き込むつもりだと思わざるを得ない。……

歴史学者の加藤陽子は過去の日本が太平洋戦争に至る過程を「それでも日本人は『戦争』を選んだ」と表現した。後世の歴史家が今の日本について同じことを書き記すようなことにならないように、今の政権をはやくなんとかしなきゃ。とりあえず都知事選。都民の皆さんの奮起を期待します。





 (終わりと始まり)誰が薪を積むのか 池澤夏樹

■第一次世界大戦の教訓

 先月のこの欄でぼくは尖閣諸島の事態についてこう書いた――

 「係争の地域では武装した艦船や航空機が小競り合いを続け、中央政府の間には意思疎通の回路がない。これは偶発戦争に繫(つな)がる構図である。この時期に識者は、第一次世界大戦が偶発的に起こったことを指摘している。」

 識者というのはたとえば国際政治学者の藤原帰一さん。「あの大戦は、当事者も起こるとは思っていなかった……英国の参戦はドイツには想定外だったし、四年も続く大戦争になるとは誰も考えていなかった」と彼は言う。

 あの時期のヨーロッパ諸国にはさまざまな対立や同盟の緊張関係があった。いわば火が着いたら容易に消せないほどの薪が積んであった。

 一九一四年六月のサラエボの暗殺は火花一つでしかなかったが、着火にはそれで充分だった。「クリスマスまでには終わる」と言われながら戦争は足かけ五年続き、九百万人が死んだ。

 政治とはコントロールの技術である。たとえば経済という巨獣にたづなをつけて国民に利をもたらすように誘導する。

 ちなみに「政治」は西欧語で「ポリティクス」つまり「ポリス(都市国家)の運営」だが、ギリシャ語には「キベルニシス」という言葉もある。政治・行政・統治の意で、直訳すれば「舵(かじ)を取る」。スクリューでもエンジンでもなく舵だ。

 その舵がいつも利くとは限らない。そもそも戦争とは出力過剰の状態であって、舵は利きが悪くなる。第二次世界大戦で言えば、一九四一年の十二月に真珠湾で始まった太平洋戦域の戦いが、翌年六月のミッドウェイ海戦を境に後はずっと負け戦だったのに、日本政府は三年かけても終結に持ち込めなかった。挙げ句の果ての原爆二発。

 それ以前はもっとひどい。中国戦域では一九三一年九月の満州事変以来十四年間に亘(わた)って戦争状態が続いた。出先機関である関東軍が東京の政府の言うことを聞かない。尾が犬を振った。

 先月、ぼくが今の日本と中国の対峙(たいじ)の構図に第一次世界大戦を重ねたのは警告のつもりだった。係争地で偶発的な衝突が起きて、中央政府の間に意思疎通の回路がなければ戦線は拡大する。薪に火が着き、戦闘が戦争になる。そうなっては困る、と言いたかった。

 そうしたら、一月二十二日、安倍首相はダボスで第一次世界大戦から百年目の今年、領土問題をきっかけに日中間に「偶発的な衝突が起こらないようにすることが重要だと思う」と言った。

 言うまでもないが、ぼくと首相では立場が違う。同じ歴史を踏まえた発言であるが、首相はそういう展開があり得ることを承知で、そうなってもしかたがないと明言したのだ。

 別の場で彼は「残念ながら今、(緊張緩和の)ロードマップがあるわけではない」とも言っている。あるわけではないって、あなた、それを作るのがあなたの仕事でしょうが……

 今、事態はものすごく危ないことになっている。安倍首相は自分の靖国詣でをアメリカ大統領のアーリントン墓地参拝になぞらえ、アメリカは怒った。それは当然、アーリントンに戦争犯罪人は葬られていない。死者を汚すことになると人は誰も感情的になる。それとこれとを一緒にするなと憤る。

 第二次世界大戦で我々は負けた。アメリカに負け、中国に負けた。この事実を踏まえての戦後世界の運営なのだ(今更言うまでもないが「国連」とはあの大戦の「戦勝国連合」であり、中国はその一員である)。この構図を引っ繰り返すにはまた戦争をする覚悟が要る。安倍さんにはそれがあるのかもしれないが、ぼくには無い。中国との全面戦争なんてまっぴら御免。

 今の段階ではことはパブリシティーの戦いに納まっているが、そこでも日本は負けている。ぼくはそれに荷担するつもりはないから、日本政府・官邸・安倍首相がぼこぼこに負けていると言おうか。

 中国政府が、安倍首相の靖国参りはドイツの首相がヒトラーの墓に詣でるようなものだと言った。もちろん間違い。ドイツ人はヒトラーの墓を造らなかった。今に至るまで徹底してあの男を忌避している。彼の罪について再考の余地はない。

 だからこそ、この重ね合わせは効果的だし、きついのだ。

 それを承知の上でまだ安倍首相が同じような発言と行動を繰り返すとすれば、彼は本当にどんどん薪を積んでこの国を戦争に引き込むつもりだと思わざるを得ない。

 ぼくの友だちが言った――「ここで戦争をしなければならないほど日本の経済は逼迫(ひっぱく)してるのかな」

 まさか、でも、しかし……そういう種類のバブリーな経済を信奉するのがあの首相だとすると……そこに原発再稼働を重ねると……(作家)

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by kobo-tan | 2014-02-05 13:14 | 社会 | Comments(0)