つくりものがたり

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2011年 11月 28日

LIKE A ROLLING STONE

d0169209_10155697.jpg11月21日にオウム真理教事件のすべての裁判が終わった。

ぼくはべつに裁判を傍聴したこともないし、自分にかかわる問題として積極的に事件の経緯を追ったりしていたわけでは全然ないので、それについて何かを述べるなどはおこがましいようにも思うけれども、結審に際しての新聞報道や、何人かの人のコメントなど読むにつれ、やはりある感慨は湧いてくる。

少数の特殊な人間たちがつくった特殊な集団が引き起こした異常なテロ事件として、ひとびとはなんとか自分と自分の関わる世界から切り離して解釈して済ませようとするのが、やはりごく普通のぼくたちの反応だろうとは思いつつ、その報道に接して一連のサリン事件の異常さとともに、「マインドコントロール」された信者たちの群像があまりにおぞましく、オウム関連本や映画は売れないという編集者の指摘からも納得させられるのだが、ぼくたちはなぜそれが起きたのか何とか理解してみようという気持ちになるより先に、嫌悪感にとらわれて見ること考えることを放棄してしまうのかもしれない。

でもこれはやはり、16年前に、起きるべくして起こった事件であるのにちがいない。

オウム事件の裁判の被告たちは、ぼくとほぼ同世代、1960年前後の生まれの人間たちだ。60年代末から80年代初め頃まで学校教育を受け、就職し、社会に出た。80年代のメディアからは「新人類」などというレッテルも貼られた。1960年以降の生まれの人間たちは、それ以前の世代の人間から見ると断絶感が強かったのだろう。ものごころついたときには家のなかにテレビがあり、とりあえず社会は貧乏からなんとか脱しつつあり、誰もがなんとなく、たくさん作ってたくさん買えば何とかなるんだという価値観に吸いとられていった時代。

ぼくらが大学にいたころからすでにキャンパスではカルトというものにたいする警戒は強かった。逆に言うと、ぼくたちは多かれ少なかれ、カルトに絡めとられてもおかしくないようなこころの空洞を抱えていたということだと思う。学生運動はもう完全に下火で、体育会系の部活も敬遠され、テニスなどを軽く練習してあとは駄弁るサークルが盛況となり、ポパイなどと言う雑誌が流行った。カルトに頭を突っ込む学生は、むしろ真面目な人間だったということもできるだろう。彼らがもう少し教養豊かで、ものごとは見る角度によっていろんな見方ができるということを知っていたら、あるいはもっと天邪鬼であったなら、そんなものに絡め取られずに済んだのだろうけれど。

ぼくらの世代から、はからずもオウムが生まれてしまったように、団塊の世代には連合赤軍事件があった。朝日のコラムで、漫画家の山本直樹氏が指摘していることはいろんなことを考えさせてくれる。連合赤軍もオウムも、メンバーたちが「世の中をましにしよう」と真面目に頑張った結果、徐々に外部と向き合う視点を失い、気がついたら人がたくさん死んでいた。外部との接触を失ううちに、閉鎖的な環境のなかで、言葉だけが暴走していった。彼はこの「暴走する集団」の問題は、どんな時代にも、過去にも現在にも、世界のいたるところで起きていると指摘する。結局、集団は集団自体が生き延びるために、集団を支える理屈の整合性を最優先し、個人を圧殺してゆく。思いつくもっとも大きな例は、太平洋戦争末期の日本と、ナチスドイツ。その運動体のなかではひとは一個の歯車と化してしまい、あの状況のなかであの地位にあったら、人は誰でも同じことをするはずだと言ったアドルフ・アイヒマンになるよりほかはない。

そうならないためにはどうしたらいいのかと言ったら、とりあえず単純なことしか思い浮かばない。個人が、外部と、他者と、生き生きとした接触を、毎日毎日倦むことなく続けていくよりほかはないのだろう。そう考えると、いまの、この2011年の状況は、連合赤軍やオウムを生んだ時代よりももっと、その危険性を孕んでいると自覚したほうがよさそうだ。

たとえばこのブログのことを思ってみたりする。今はいい時代だ。人が文章を書いて、それを手紙でなく、(手紙は特定の個人に行きつけば終わりだから)不特定多数の人間に読んでもらおうと思ったら、少し前までは、まず原稿を書き、原紙を切り、インクと紙を用意してガリ版で刷り、印刷物をたくさんの人のもとへ届けなくてはならなかった。いまはもう、想像するだけで怖ろしいようなことだ。しかし昔は、他に方法をもたないから、ひとは労を厭わずそれをした。それがいまは、ネットというもののおかげで、瞬時にそれができる。それで、思いついたこと、考えたことをブログというものに書く。検閲などというものがあるわけじゃなく、何を書いても自由だから、たまにはこんな文明批評めいたようなことも書く。これから後は想像だが、もちろん、全部の言葉に目を通して、好意的に読んでくれる人もあるだろう。でももしかしたら、家具の写真が載っていない記事は、ほとんど読まないですっ飛ばすひとが大半なのかもしれない。なにせぼくは、たいして売り上げもない、一介の家具職人にして個人事業主に過ぎないのだから、べつにあんたがそんなこと考える必要はないさ、そんなことはテレビとかに出る評論家がやればいいことであって、あんたは家具作ってればいいのさと考えるひとが大半であってもおかしくはない。多くの人はおそらくそうやって、自分の考えるべきこと、自分が動ける場所の境界に壁をつくって、自分の生活を守っているのだろうから。

でもその意識、その気持ちの向かう先には何があるのだろう。
なにか豊かな、幸福な風景が見えるだろうか。
人が集まれば、場の空気を読む能力のある「社交性のある」人間だけが嬉々としてしゃべり、そうでない者は何を話せばいいのか分からず、まごまごして手持無沙汰に時間をつぶす。僕たち日本人は、バブルの頃まではかろうじてあった自分たちの共有するものがたりを失って久しい。自分たちが今、何を目指しているのか、どこへ向かおうとしているのか知っている者はひとりもいない。だからなるべく、むずかしいことは考えず、人々は計算ばかりしている。コレとアレではどっちが得か。いまこれをやるとあとでどんなリスクが…  茫洋とした風景を前に立ち尽くすぼくたちの後ろには、何かと引き換えに、やすやすと手放してきた取り返しのつかないものたちが堆積している…

原発はもういらない。
リニアも高速ももういらない。
それを直観だけで言ったらいけないのだろうか。レポート何百ページに及ぶような損得計算書をつくらなければ合意は得られないのだろうか。原発の判断は、福島の惨事と、あの増え続ける膨大な核燃料廃棄物の写真だけでは不足なのだろうか。

ボブ・ディランのライク・ア・ローリング・ストーンをぼくは昔、安心して聞くことができた。なぜかというと、自分が話者の立場、どんな気がする?と問い糺す方の立場にいると思っていたからだ。
でも今はこの曲を聞くと妙にひっかかる。それはたぶん、どんな気がする?と問われている方に今僕たちがいるんじゃないかと思えてきたからなんだ。


  むかし あんたは いい服を着て
  わかかったとき 乞食に銭をほうってやったね
  みんないってた「気をつけろ落ちるぞ」と
  でも みんなで からかっているだけだ とおもっていたろう
  よく わらいものにしたね
  うろついているやつらを
  いま あんたは大声でしゃべらない
  いま あんたはじまんもしない
  つぎの食事を どうやってごまかすかについて

  どんな気がする
  どんな気がする
  うちがないことは
  ぜんぜん知られぬことは
  ころがる石のようなことは


  どんな気がする
  どんな気がする
  ひとりぼっちで
  かえりみちのないことは
  ぜんぜん知られぬ
  ころがる石のようなことは
       

                         (片桐ユズル訳より抜粋)
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by kobo-tan | 2011-11-28 14:26 | つぶやき | Comments(0)


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