つくりものがたり

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2013年 04月 23日

「誕生」と「二隻の舟」





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ここ数日手伝いに来てくれているツカサ君に、今朝、 「車の中で音楽聴いていて、急に泣きそうになることない?」って訊いてみたら、
「いや、それはないですね」という返事だった。「歳とると、涙腺が緩むのかねー、最近、よくあるんだよねー」
このところ、車のCDデッキに入ってるのは中島みゆきの「EAST ASIA」で、それは彼女の「誕生」という歌をまた聴きたくなったからなのだが、
その、込み上げそうになるところはそれではなく、最後から2曲目の「二隻の舟」の中に入っている。









おまえとわたしは たとえば二隻の舟
暗い海を渡ってゆく ひとつひとつの舟
・・・・・・・・

数あるみゆきさんの佳曲のなかでも「誕生」とともにとりわけすばらしいこの曲の中の
次のところに来ると、どうもいつも込み上げてきてしまうのだ。

敢えなく私が 波に砕ける日には
どこかでおまえの舟が かすかにきしむだろう
それだけのことで わたしは海をゆけるよ
たとえ・・・・・

もしもその時には、おまえの舟は見えないけれど、きっとどこかにいて、かすかにきしむのだ。
それを信じることで、わたしはこの海をゆける。 生きてゆける。

ここで、泣きそうになる。





それは、「誕生」もまたしかり。

by kobo-tan | 2013-04-23 23:35 | 音楽 | Comments(5)
Commented by ハリー・ライム at 2013-10-04 09:18 x
「一つの舟に乗って一緒に生きる」などと言う歌詞は、誰もが書く、陳腐な表現です。中島みゆきは、「お前と私は二隻の舟だ」というのです。そこが、彼女の非凡なところです。互いに別々の舟で進んでいても、互いを結びつける気持を信じて、同じ方向をそれぞれに進んでいく二人。そこにあるのは、互いへの敬意と、愛と、そして信頼です。
Commented by kobo-tan at 2013-10-05 14:00
本質的な言葉やイメージというものは、何かをくどくどと説明したり命じたりするものではなく、何かを喚起する、考えさせるものなんだろうと思います。だからこちらの精神の成熟度に応じて、それに応じた深さで何かを考えさせてくれ、何かをもたらしてくれるのでしょう。二隻の舟のイメージもそうです。
この曲の前半は、二隻の舟について歌う本編と必ずしも繋がっている必要はなく、二つに分けてひとつのものとして膨らませるとふたつの曲にもなりそうです。でもこの前半が、人間の基本的な在りようを、人間は本質的に孤独であって、それは友人の多寡などに関係なく、自分自身であろうとすれば孤独を求めるし、孤独に疲れさびしさに苦しめば、ほんとうの友を求めてしまう、そういう矛盾を抱えている存在であるという前提を示しているのだと思います。
Commented by kobo-tan at 2013-10-05 14:24
人生を荒波が逆巻く海を航海するイメージに譬えるのはむしろ昔からなじんできたわかりやすいイメージだと思いますが、この歌に心を動かされる人というのはそういう波乱万丈の人生を生きている人というよりむしろ、孤独の中でもがいている人なんだろうという気がします。人がそんな圧し潰されそうな孤独の中でもがいているとき、何をよすがとして生きていったらいいのだろう。そう考えるとやはりひとには「お前」というもう一つの舟が必要なんだ。自分一人では人は生きてゆけない。自分の力だけを恃みに生きてゆく人生は必ず敗北する。
Commented by kobo-tan at 2013-10-05 15:02
「お前」という舟は、たとえば愛する人であるかもしれないし、成し遂げようと思っている夢かもしれないし、すでに亡くなった人との約束であるかもしれません。それはこれを聴く人それぞれにそれぞれの「お前」という舟がある。
オウムの事件や古くは連合赤軍の事件以来、「信じる」というこころのありようはどうも人々に白い目で見られ警戒されるようになったように思います。「恋する」ということがそれだけで「ストーカーになる」ようにみなす人もいたりする。しかしそれでもやはり人は「信じる」ということがなかったらひとりぼっちで砂漠の中で生きて砂をかむような人生を送らなければならないのだと思います。
Commented by kobo-tan at 2013-10-05 16:13
本質的な表現というのは、その人にとって「あなたはどのようにして生きてゆこうとしているのか」という問いなのだと思います。中島みゆきさんは以前、すべてが移りゆくよのなかにあって変わらないものを見つめてゆきたいと言ったことがあります。人はひとりで生まれ、ひとりで死んでゆく。その中でなにと出会い、なにを信じて生きてゆくのかということをいつも問いかけているように僕は思います。「二隻の舟」も「誕生」も僕にはそういう問いかけであり、励ましです。


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