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2013年 05月 13日

命の別名




(朝日新聞デジタルより)

長崎市長、平和宣言で批判へ NPT声明に政府賛同せず

 【斎藤靖史】長崎市の田上富久市長は11日、日本政府が核兵器の非人道性を訴える共同声明に賛同しなかったことについて、
平和祈念式典(8月9日)の平和宣言で批判する考えを示した。「賛同しなかった理不尽さを訴え、姿勢を改めるよう促す」と述べた。

 田上市長は11日、平和宣言起草委員会の今年度初の会合に参加。会合では、4~5月にスイス・ジュネーブであった核不拡散条約(NPT)
再検討会議の準備委員会で、政府が共同声明に賛同しなかったことに対し、委員から「被爆者の思いと努力を踏みにじるものだ」「被爆国日本が
核廃絶の妨げになっている」などの批判が相次いだ。

 会合後、田上市長は取材に対して「(賛同しないことは)『場合によっては核兵器を使っていい』というメッセージだ。被爆地、被爆国としてとるべき立場ではない」と話した。


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当然だと思います。
共同声明に不賛同を決めた政治家にあるのは、パワーポリティクスの上での整合性という「頭」だけで、「こころ」がない。
毎年一度は靖国に参りたいと言うが、どうして毎年一度は原爆ドームと長崎平和公園に参りたいと言わないのか。
命に付く名前をもし「こころ」というなら、かれらは「頭」だけでうごめく幽霊みたいなもの。
まだニッポン人にこころがあるなら、これにもう少し怒ってもいいんじゃないかと思うのです。




by kobo-tan | 2013-05-13 21:00 | 社会 | Comments(0)


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